先日ガムテープで固定していた、ヒドンベイに収まりきれなかった、5個のHDDをタッピングネジで固定し直した。勿論HDD間にはスペーサーをかませている。今回改めて気付いたのは、アルミニウムというのは軽いが相当固いということだ、タッピングネジで1mm厚のアルミニウムを切り通すのはかなりの労力と時間を要する。
今回は全箇所となりのレギュラーヒドンベイケースとの間仕切りに穴を開けタッピングネジで固定することにしたので、我が家にあるインパクト電動ドライバーを活用することにした。が、これでもドリルの径を3種類用意した。結局タッピングの役割を果たさなかったが、3mm径のタッピングネジを通すには3.2mm径のドリル径が私のような不器用者には丁度よかった。
しかし、いかにせんHDD10個であるこれは並の電源では耐え切れないということで先日お見せした電源を用意したという経緯があります。この電源(ケース内左上部)は最大定格電力950W、ピーク時1050Wまで耐えられます。これで耐えられなかったらHDDの数を減らすか、水冷システムを見直す必要が出てきます。明日からは、気力があればですが、今回最大の案件となっているCPU,VGAの水冷システムの構築に着手します。
2008年5月14日水曜日
またまた脱線 最後のSocket939機
いよいよ海外からの個人輸入パーツ・ebayオークションにまで参加し落札したものを含む全ての発注パーツが揃い、組み立て作業に入った。最初にFX-60を発注してから約4ケ月かかっている。その間にもう既にFX-62なるクロックアップされたCPUと新しいインタフェースSocket AM2なるものが発売されてしまった。つまりもうハイエンド機ではなくなってしまった。ハイエンドと主張できる期間は正味3ケ月と理解した。で、何が言いたいのかといえば、製作開始早々いきなりつまずいた!問題はマザボが悪いのか、アルミケースが悪いのか、要はマザボをアルミケースに取り付ける"スペーサー"、とその"受けネジ"がどこにも添付されていないでやがる。で、そんな部品ならP○デポでも売っているだろうと思ったら、取り扱っていない。「お客様とメーカで取引してください」とのこと...カチン!ときたが、まぁ、ここは落ち着いて仕方無くWebでこの類の部品セットを探した。800円でどうやらその類のものが一式、少しだけ予備分も含んだものが発売されていたので購入した。お店は土日休みなので月曜決済早くて火曜午後到着となる。一気にやる気が失せてしまった。という訳で、現在の進捗状況はマザボにCPUとDDRメモリを搭載したのみ...トホホ (進捗率 5%)
2008年5月7日水曜日
北帰行4(Go to Aomori Pref. part4)
なんだかんだ言って当日の宿泊宿「蔦温泉」に着いた。この温泉を初めこの後宿泊した「酸ヶ湯温泉」「青荷温泉」いずれも青森を、いや東北を代表する温泉宿である。非常に予約困難な宿なので約4ケ月前から予約していた。
まあ、初日の「蔦温泉」の特徴について簡単に説明すると冬季営業なので名物の60段階段を登る本館第二棟は閉鎖中で逆に助かった。庭が見える側の絶好の部屋が割り当てられ最高のロケーションだったと思う。夕食は部屋食で上品な料理が所狭しと配膳されたが、B級グルメのオレにとってはどうも「ホヤ貝の塩辛が苦手だった。ここの温泉は透明の単純泉で白濁湯が好みのオレにとってはイマイチと思うはずだが、実に浴室の雰囲気が良いのと浴槽の底から温度調整しない純粋な温泉が湧き出ているというユニークさが大変すばらしいと思った。
この日は無事平穏に終わった。
まあ、初日の「蔦温泉」の特徴について簡単に説明すると冬季営業なので名物の60段階段を登る本館第二棟は閉鎖中で逆に助かった。庭が見える側の絶好の部屋が割り当てられ最高のロケーションだったと思う。夕食は部屋食で上品な料理が所狭しと配膳されたが、B級グルメのオレにとってはどうも「ホヤ貝の塩辛が苦手だった。ここの温泉は透明の単純泉で白濁湯が好みのオレにとってはイマイチと思うはずだが、実に浴室の雰囲気が良いのと浴槽の底から温度調整しない純粋な温泉が湧き出ているというユニークさが大変すばらしいと思った。
この日は無事平穏に終わった。
2008年5月5日月曜日
北帰行3 (Go to Aomori Pref. part3)
初日はかの名湯「蔦温泉」に宿泊した。K氏ここの温泉は混浴でないため、かなり落胆していた。しかし、この旅で泊まる宿はノーマルな温泉好きな人々にとっては垂涎の的となる宿ばかりである。この「蔦温泉」をはじめ、翌日の「酸ヶ湯温泉」翌々日の「青荷温泉」と続く。もう一つ本当は「黄金崎不老ふ死温泉」を加えれば青森4大メジャー1軒宿の温泉は制覇したことになるかもしれなかったが...。まあ、この蔦温泉では無難な夜が過ぎた。特にこれといって変わったことはなく、強いて言えば一階のトイレの不思議な豪華さに驚いた!これはここに書くより是非一度訪れて試してみることをお薦めする。
大正ロマン漂う建物と浴槽である。夕食が部屋食で1万円は安かった...とは個人的に思っている。まだ、この時は明日起こる悲劇を誰も知らなかった...
I stayed at that excellent hot water "ivy hot spring" on the first day. The hot spring of Mr. K here bathed promiscuously, and ached and was considerably discouraged. However, an inn to stay at is only an inn becoming an object of envy for the people liking a normal hot spring on this trip. Including this "Tsuta I stayed at that excellent hot water "Tsuta hot spring" on the first day. The hot spring of Mr. K here bathed promiscuously, and ached and was considerably discouraged. However, an inn to stay at is only an inn becoming an object of envy for the people liking a normal hot spring on this trip. Including this "ivy hot spring", I follow with "Aoni Onsen" of the "Sukayu hot water hot spring" day after next of the next day. The hot spring of one Aomori 4 size measure inn would conquer it one more if, in fact, I added "a yellow Kanezaki HurouFusi hot spring"... . Oh, passable night passed in this ivy hot spring. I had not changed particularly and was surprised in particular at the mysterious magnificence of the restroom of the first floor if I said forcibly! I recommend what this comes once by all means than I write it here and tries. Taisho romance is a building and the bathtub where there is it. As for 10,000 yen, supper was cheap for room appetite... I think for a individual. Nobody yet knew the tragedy which would happen tomorrow then... hot spring", I follow with "Aoni Onsen" of the "Sukayu hot spring" day after next of the next day. The hot spring of one Aomori 4 size measure inn would conquer it one more if, in fact, I added "a yellow Kanezaki HuruHushi hot spring"... . Oh, passable night passed in this ivy hot spring. I had not changed particularly and was surprised in particular at the mysterious magnificence of the restroom of the first floor if I said forcibly! I recommend what this comes once by all means than I write it here and tries. Taisho romance is a building and the bathtub where there is it. As for 10,000 yen, supper was cheap for room appetite... I think for a individual. Nobody yet knew the tragedy which would happen tomorrow then...
大正ロマン漂う建物と浴槽である。夕食が部屋食で1万円は安かった...とは個人的に思っている。まだ、この時は明日起こる悲劇を誰も知らなかった...
I stayed at that excellent hot water "ivy hot spring" on the first day. The hot spring of Mr. K here bathed promiscuously, and ached and was considerably discouraged. However, an inn to stay at is only an inn becoming an object of envy for the people liking a normal hot spring on this trip. Including this "Tsuta I stayed at that excellent hot water "Tsuta hot spring" on the first day. The hot spring of Mr. K here bathed promiscuously, and ached and was considerably discouraged. However, an inn to stay at is only an inn becoming an object of envy for the people liking a normal hot spring on this trip. Including this "ivy hot spring", I follow with "Aoni Onsen" of the "Sukayu hot water hot spring" day after next of the next day. The hot spring of one Aomori 4 size measure inn would conquer it one more if, in fact, I added "a yellow Kanezaki HurouFusi hot spring"... . Oh, passable night passed in this ivy hot spring. I had not changed particularly and was surprised in particular at the mysterious magnificence of the restroom of the first floor if I said forcibly! I recommend what this comes once by all means than I write it here and tries. Taisho romance is a building and the bathtub where there is it. As for 10,000 yen, supper was cheap for room appetite... I think for a individual. Nobody yet knew the tragedy which would happen tomorrow then... hot spring", I follow with "Aoni Onsen" of the "Sukayu hot spring" day after next of the next day. The hot spring of one Aomori 4 size measure inn would conquer it one more if, in fact, I added "a yellow Kanezaki HuruHushi hot spring"... . Oh, passable night passed in this ivy hot spring. I had not changed particularly and was surprised in particular at the mysterious magnificence of the restroom of the first floor if I said forcibly! I recommend what this comes once by all means than I write it here and tries. Taisho romance is a building and the bathtub where there is it. As for 10,000 yen, supper was cheap for room appetite... I think for a individual. Nobody yet knew the tragedy which would happen tomorrow then...
2008年5月2日金曜日
北帰行2 (Go to Aomori Pref. part2)

冬の十和田、奥入瀬...かなり淋しい。現地の方は勿論ご存知かと思うが、前回夏訊ねたときも、「これは...」と考えさせられたものがある。先ずは「十和田湖」ここを訪れる以前は「山上の断崖に囲まれた湖」というイメージをしていた。何故ならかつて温川側から冬季閉鎖中の道を歩き、雪をかき分けながら進むこと3時間、とうとう辿りつけなかった場所だったからだ。が、翌夏クルマであっさり来れた。しかも「休屋」付近の賑やかなこと...高村光太郎作の「乙女の像」...これもなんか微妙...確かに西岸は絶壁に囲まれていたが、かなり観光地化された印象で少し残念だった。それは今回冬に来ても同じだった。
まぁ、y氏が初めてとのことと、k氏が幼かった頃に来たのみとのことなのがせめてもの救いであるが、彼らの目にはどう映ったのだろうか?
続いてその十和田湖から北側に流れる「奥入瀬渓流」、渓流沿いに車道があること自体、自然愛好家の私には如何なものかと思っていたが、さらに追い打ちをかけてこの時季は水量が少なかった。それが冬季の渇水のせいであれば止むを得ないと思うが、あえてこの時季は上流水門を閉じて水量を抑えている。夏季の夜間もそうらしい。これも人工的にコントロールされた自然美なのかと思うと見た目の冬景色以上に寂しく感じるものがあった。ただし、この時季しか見れないであろう氷結した滝などがあり、夏とはまた違った「侘び・錆び」も感じた。しかし、よく写真で見られる「阿修羅の流れ」も人工水門にかかってはこの時季辛うじて水の流れている小川のように見えた。
続いてその十和田湖から北側に流れる「奥入瀬渓流」、渓流沿いに車道があること自体、自然愛好家の私には如何なものかと思っていたが、さらに追い打ちをかけてこの時季は水量が少なかった。それが冬季の渇水のせいであれば止むを得ないと思うが、あえてこの時季は上流水門を閉じて水量を抑えている。夏季の夜間もそうらしい。これも人工的にコントロールされた自然美なのかと思うと見た目の冬景色以上に寂しく感じるものがあった。ただし、この時季しか見れないであろう氷結した滝などがあり、夏とはまた違った「侘び・錆び」も感じた。しかし、よく写真で見られる「阿修羅の流れ」も人工水門にかかってはこの時季辛うじて水の流れている小川のように見えた。
この奥入瀬に入る以前、十和田湖畔「子の口」で「ひっつみ定食」なるものを食べた!これは!まぁまぁだった.
Oh, and when saw and Mr. k were young, I came thing was the sole help, but how would it seem to their eyes that Mr. y was the first time? I thought whether a road was the thing that how about it for that there was, me of the nature lover along "appendix shallows mountain stream", the mountain stream which streamed down the north side successively from the Lake Towada-ko, but I pursued and made further attacks, and there was less quantity of water in this season. If there is it because of the shortage of water of the winter season, I think that I am unavoidable, but I close upper reaches water gate daringly in this season and control quantity of water. It seems to go in the night of the summer. I was lonelier than the winter scene of the appearance, and there was the thing which felt it when I thought whether this was the nature beauty controlled artificially. But there were the waterfalls which froze which I might watch only in this season and felt "侘 び / the rust" different from the summer again. However, I was seen like the brook which the water barely drifted to in this season when "the flow of the Asura" to be seen with a photograph well suffered from an artificial water gate.
( photo : Tsuta Onsen Hot SPA.)
2008年4月29日火曜日
また脱線!北帰行 (Go to Aomori pref. )

まったく本題のキリマンジャロ編は登山開始したところで中断してしまっているが、それはさておき、3/18~3/21の間で青森に行ってきた。お馴染みのy氏とk氏とであるが、以前、東北旅行時にボロボロになって帰還したことがある私にとっては、これがレギュラージョブへ復帰するための試金石であった。というのは建前でタダの体たらくツアーであった。3者とも事情はどうあれ金が有り余った生活をしている訳ではないので、そう豪華なツアーとはいかないが、いわゆる「わび、さび」の名湯巡りである。これから、列挙する宿の名を聞けば、ちょっと温泉に詳しい方なら垂涎の的となる名湯ばかりであることが解ってもらえると思う。
第1泊目は「蔦温泉」に泊り、2泊目は「酸ヶ湯温泉旅館」そして3泊目は「青荷温泉」である。ただし、酸ヶ湯は自炊部にした。k氏とはよく山やら温泉やら一緒にいくことが多いのだが、今回y氏が久々に同行してくれたので、いつもとはまた違った、コアな旅行となった。とりわけ東北地方が好きな俺にとっては、秋の白神岳以来なのでさほど久しぶりという気もしなかったが、やはり何度来ても新鮮な趣を与えてくれる場所が多い。
朝の3時に我が家集合ということになり、高速道路料金を節約するために一つ東北寄りの「鹿沼」I.C.から東北道にのった。ETC割引の威力は大きく、今回は深夜割引30%というものが適用されたが「鹿沼I.C.~十和田I.C.間約600km弱」が¥7,200で済んだ。その後は国道沿いにひたすら「十和田湖」を目指したが、途中に「環状石柱群(いわばストーンサークルみたいなもの)」の看板が目に入り、時間もたっぷりあるため、とりあえず寄って見ることにした。が、歩道を含め殆どが雪の下に埋もれていて良くわからなかった...まあ、行ったことのない場所に行けたのでこれまた、興味深いものであったけれども...
ダメだ!今晩は少しタフだ...寝る!また近日この「青森行」は記載します。乞うご期待!
第1泊目は「蔦温泉」に泊り、2泊目は「酸ヶ湯温泉旅館」そして3泊目は「青荷温泉」である。ただし、酸ヶ湯は自炊部にした。k氏とはよく山やら温泉やら一緒にいくことが多いのだが、今回y氏が久々に同行してくれたので、いつもとはまた違った、コアな旅行となった。とりわけ東北地方が好きな俺にとっては、秋の白神岳以来なのでさほど久しぶりという気もしなかったが、やはり何度来ても新鮮な趣を与えてくれる場所が多い。
朝の3時に我が家集合ということになり、高速道路料金を節約するために一つ東北寄りの「鹿沼」I.C.から東北道にのった。ETC割引の威力は大きく、今回は深夜割引30%というものが適用されたが「鹿沼I.C.~十和田I.C.間約600km弱」が¥7,200で済んだ。その後は国道沿いにひたすら「十和田湖」を目指したが、途中に「環状石柱群(いわばストーンサークルみたいなもの)」の看板が目に入り、時間もたっぷりあるため、とりあえず寄って見ることにした。が、歩道を含め殆どが雪の下に埋もれていて良くわからなかった...まあ、行ったことのない場所に行けたのでこれまた、興味深いものであったけれども...
ダメだ!今晩は少しタフだ...寝る!また近日この「青森行」は記載します。乞うご期待!
I climbed a mountain and started, and Kilimanjaro of the main subject stopped it really, but, apart from it, went to Aomori between 3/18-3/21. It was a touchstone for this to return to a regular job for but it was with familiar Mr. y and Mr. k it crumbled at the time of a northeastern trip before, and it had returned me. It was a mere plight tour with principle. I do not go, but the tour that is so luxurious in circumstances not living life that the that gold which how about was in excess if tripartite either is excellent hot water going around of so-called "austere refinement, rust". I think that one knowing a lot about a hot spring slightly is only object of envy and excellent hot water that it is it, and a thing has you understand it from now on if I hear the name of an inn to enumerate.
(Photo: Oirase Keiryu stream)
2008年4月27日日曜日
ジリ貧生活(I was baddky off the money)

さて、いい加減、ジリ貧生活から脱出したいものだ...といいつつ本当のジリ貧かと言えばそういう訳でもない。かなり、いい身分のジリ貧生活とはこのことだ!何故なら最近、自作PCにハマっている。事の発端はスマート・ハウスの設計に始まった。
世の中便利になったもので、一昔前は十万円以上もする高価なサーバ用 UNIX系OSが現在はタダで入手できる。ご存知の方は多いと思うが、かの"Linux"だ。一応GUIは持っているがそれはWindowsほど万能ではなく、いざという時はCUIに頼る事が多い。これは一見マニアックに感じるかもしれないが、Windowsのようにどのアイコンをクリックし、さらにそのメニューバーの「編集」をクリックし、現れたプルダウンメニューから「オプション」を選択し開いた画面の「プロパティ」タグを選択しその中の「詳細設定」ボタンをクリック...などコマンドがどこに埋もれているか探すのが大変に感じたのは私だけではないはず。その点CUIはコマンドとそのパラメータをタイピングすればどこからでも必要なオペレーションが実行できる(正確にはどこからでも、とはいかないが...)。慣れればこちらの方が楽だと個人的には思っている。が、インストールには散々苦労した。PCをムリヤリサーバにしようとしたせいもあるし、思いのほか最近のパソコンのハードディスクには対応していなかったりと悩んだ。
Server OSといえば一時はWindowsNTや2000がそのGUIの操作性に慣れた人々から支持を受けブームを呼んだが、最近になってサーバ運用には枯れたシステムであるUNIX系OSの方が向いているというのが世間一般論となってしまい、Windows系サーバOSは影を潜めつつあるのが現状らしい。現在、サーバ単体は立ち上がったのだが、そのマシンが故障中に試してみた「自作PC」というのが実に楽しいことに気付きハマってしまった。これが浪費の引き金となった。この類のモノは私には良くない。私の「気に入ったものはとことんやる」という良くも悪くも取れる性格には金銭の浪費が目に見えていた。その道の達人にいきなりハイエンドマシンを作ろうとして失敗したら大変だから、初めは「最小構成のPC」を作ったほうがいい。と諭されそれにしたがった。これで失敗してヘコタレてしまえばかえってラッキーだったのかもしれない。
しかし、難なく出来上がってしまった。本当に昔作ったプラモデルを作るより簡単だ、以前はよく、BIOS設定でハマるとかOSのインストールは必ず何かが起こると言われていたが、現在のマザーボードはBIOSも解りやすくできていて殆ど悩むことはなかった。最後の難関と言われていたOSのインストールも問題なく終わりPCが一台出来上がってしまった。
自作PCはかつての一部のマニアの趣味では完全になくなっている。この楽しみは自分の好みの仕様のマシンが作成できるのと、将来の拡張性に富むところ、また改造などの冒険ができることにつきる。
当然リスクも伴い、メーカー既成のPCとは異なり保証が無いことが大きなデメリットだ、作成するのが自分自身なのだから、メンテナンスは勿論、修理も自分で行うのである。しかし、マザーボードやCPU、メモリ等のパーツはまず我々素人にはムリであろうし、その他の部品についても手を出して他の部品まで影響を及ぼすのは避けたい(自信のある人はトライしても面白いかも知れない。それが醍醐味というマゾ精神にあふれた人もいないことはない)。そのため、どこが悪いのか、障害切り分け位まで出来れば良いかと思う。最近は大手パーツ店で、診断、修理までやってくれるので最悪は駈込み寺として有料で救ってもらう手もある(例のヤバいサイトの「駈○寺」ではないので誤解しないように...かのサイトもいわゆる「何でも屋」だからPCの診断・修理もやってくれるかもしれないが私には依頼する度胸が無い。)
もちろん、目指すはHigh end machine! 5年は使用に耐えるマシンを作りたい。知人に話すとあまり感心されません。
(Photo : The first machine(server) I made by myself)
2008年4月25日金曜日
キリマンジャロ登山開始 (Start the climb Mt.Kilimanjaro)

さて、今日からいよいよ登山開始である。ロッジで朝食を摂った後「シモ」というキリマンジャロがきれいに見える市街地を経由して登山口に向う。途中「キリマンジャロ空港」があった。ナイロビから直接ここに来れなかったのだろうか...などと邪推してしまった。直接ここに来て登山開始ではあの、すばらしいサファリは体験できなかっただろう。出発以前は俺はK氏に「サファリなんかどうでもいいよ。さっさとキリマンジャロに登って帰る最短期間の安いコースにしようぜ!」と言ったが彼はそれだけは譲らなかった。で、結局(○x十万)高い「ゆったりサファリ付コース」に申し込んだ。が、これは今思えばK氏に本当に感謝している。今思えば、サファリはキリマンジャロ登山と同じくらい貴重で楽しい体験であった。
シモの町でトイレ休憩もそこそこに、意外と早い時間にキリマンジャロの登山口である「マラングゲート」に到着した。さあ、これからいよいよ登山だ!と異様に重い60Lザックを背負い歩きはじめると、リーダーから、今回の登山の現地ガイド約の紹介があった。現地リーダ・「ファスティナ」、サブリーダー・「ミンジャ」、あと一人忘れた...これからキリマンジャロを下山するまでは我らのツアーリーダ「F氏」よりも彼らの指示が優先される。ファスティナは1000回以上もキリマンジャロの頂を踏んでいる男である。「F氏」はその時は10回目といっていたが、それまでに既に8000m峰の頂上を踏んでいる方である。登山家としての力量は「F氏」の方が勝っていると思うのだが、キリマンジャロを登る際には必ず現地ガイドを雇うことをタンザニア政府は義務付けている。表向きの目的は「遭難事故防止」であるが真の目的は「外貨獲得」であると思う。
登山開始の標高は約1800m我々リーダの「F氏」を含めて10名のパーティに同行する現地のスタッフは約30名位いたと思う。なんでこんなに...とは思ったがこの後なるほどこりゃ大変だ...と実感することになる。
登山口で缶ビールが売っていた多分リーダーを除けば最強のクライマーであろう「原○氏」が缶ビール6本セット+1本を購入し1本はその場で飲み始め、残りの6本はザックにしまいこんだ。
その後、貴重品と携帯食だけ自分のサブザックに移し、メインの重いザックはその現地ガイドのメンバーが荷揚げすることになる。ザックの重さは15kgまでという制約があったと思うが、俺のザックは一部の荷物をサブザックに移したとはいえ、20kgはあった。まぁ、屈強な現地スタッフが荷揚げするのだろうと安心していたが、そのクソ重いザックを荷揚げしていたのは中学生くらいの男の子である。しかも背負わずに頭に乗せて片手で抑えて難なくヒョイヒョイと担ぎ上げている姿には言葉を失った。靴だって俺たちが履いているような堅牢な登山靴なんかではない。厚さは家庭内のスリッパ程度で一応かかとのあるシューズみたいな粗末なものだ...恐れいった。初日の行程は短く4~5時間の行程である。出だしは非常になだらか、荷物も現地のポータさんたちのお陰で軽い!
ただし、下りの人々の顔色は冴えない、登頂できなかったのか?または疲労困憊の顔色なのか?帰りはきっとあんな風になって返ってくるのだろう6日後この道を...ここからキリマンジャロ頂上までの道のりは100kmを超える標高差にして約4000m期待半分、不安半分の大名登山は始まった...
By the way, it is finally a mountain climbing start from today. I go to the starting point of a mountain climb via the city area where Kilimanjaro called back "Shimo" who consumed breakfast in a lodge is seen neatly. There was "Kilimanjaro Airport" on the way. May not you come to direct here from Nairobi?... I have suspected and so on without reason. I came to direct here, and ed that, the splendid safari may not have an experience by the mountain climbing start. Before the departure I to Mr. K "safari does not matter". I will do it in the cheap course of the shortest period when the up returns to Kilimanjaro quickly! I said ", but he did not hand over only it. Well, I proposed it to the high "relaxedly course belonging to safari" after all (ん 100,000). But, this really thanks Mr. K if I think now. It was the experience that the safari was precious almost as same as Kilimanjaro mountain climbing, and was pleasant now if it thought. The restroom break came in "" which was a starting point of a mountain climb of Kilimanjaro unexpectedly there there in a town of Shimo in early time. OK, it is finally mountain climbing from now on! When I carried the 60L rucksack that と was heavy strangely on my back and began to walk, from a leader, there was the local guide about の introduction of this mountain climbing. I forgot local leader / "Fass Tina", subleader / "Minja", one more... Their instructions are given priority to over leader our tour "Mr. F" from now on till I descend Kilimanjaro. Fass Tina is a man setting foot on the top of Kilimanjaro more than 1,000 times. "Mr. F" said the tenth then, but it is so already the 8,000m peak stepping on top. The ability as the mountaineer thinks that "Mr. F" wins, but the Tanzania government obliges it to employing a local guide by all means when I climb Kilimanjaro. The official purpose is "prevention of accident accident", but thinks the true purpose to be "foreign currency acquisition". About 1,800m meters above the sea level of the mountain climbing start thinks that there was about around 30 local staff joining ten parties including "Mr. F" of the leader us. "Mr. whom probably would be the strongest climber except a leader whom can beer sold in a starting point of a mountain climb original ○" purchased six can beer set +1s and began to drink the one on the spot, and remaining 6 put it away in a rucksack. I move only valuables and the mobile appetite to one's mini rucksack, and the member of the local guide will unload the main heavy rucksack afterwards. The weight of the rucksack thought that there was limitation to 15kg, but, as for my rucksack, there were 20kg although I moved some loads to a mini rucksack. Oh, a robust national staff was relieved to unload it, but it is a boy of a junior high student to have unloaded the ridiculously heavy rucksack. I was in tune with a head without carrying it on its back and controlled it with one hand and was speechless at easy and the figure which I raised without a difficulty, besides. Even shoes are not the solid mountain climbing shoes which we wear. The thickness is a poor thing such as the shoes with the heel at slippers degree in the home for the time being... I was impressed. A trip of the first day is a trip of four or five hours briefly. The start is very gentle, and the load is light on the coattails of local porters, too! But the complexion of downhill people is not improved; was not able to reach the summit? Or is it the complexion of the fatigue? Six days that surely the return becomes like that, and will return later this way... I made the distance from here to the Kilimanjaro top a meters above the sea level difference more than 100km, and half of about 4,000m expectation, half uneasy daimyo mountain climbing began...
シモの町でトイレ休憩もそこそこに、意外と早い時間にキリマンジャロの登山口である「マラングゲート」に到着した。さあ、これからいよいよ登山だ!と異様に重い60Lザックを背負い歩きはじめると、リーダーから、今回の登山の現地ガイド約の紹介があった。現地リーダ・「ファスティナ」、サブリーダー・「ミンジャ」、あと一人忘れた...これからキリマンジャロを下山するまでは我らのツアーリーダ「F氏」よりも彼らの指示が優先される。ファスティナは1000回以上もキリマンジャロの頂を踏んでいる男である。「F氏」はその時は10回目といっていたが、それまでに既に8000m峰の頂上を踏んでいる方である。登山家としての力量は「F氏」の方が勝っていると思うのだが、キリマンジャロを登る際には必ず現地ガイドを雇うことをタンザニア政府は義務付けている。表向きの目的は「遭難事故防止」であるが真の目的は「外貨獲得」であると思う。
登山開始の標高は約1800m我々リーダの「F氏」を含めて10名のパーティに同行する現地のスタッフは約30名位いたと思う。なんでこんなに...とは思ったがこの後なるほどこりゃ大変だ...と実感することになる。
登山口で缶ビールが売っていた多分リーダーを除けば最強のクライマーであろう「原○氏」が缶ビール6本セット+1本を購入し1本はその場で飲み始め、残りの6本はザックにしまいこんだ。
その後、貴重品と携帯食だけ自分のサブザックに移し、メインの重いザックはその現地ガイドのメンバーが荷揚げすることになる。ザックの重さは15kgまでという制約があったと思うが、俺のザックは一部の荷物をサブザックに移したとはいえ、20kgはあった。まぁ、屈強な現地スタッフが荷揚げするのだろうと安心していたが、そのクソ重いザックを荷揚げしていたのは中学生くらいの男の子である。しかも背負わずに頭に乗せて片手で抑えて難なくヒョイヒョイと担ぎ上げている姿には言葉を失った。靴だって俺たちが履いているような堅牢な登山靴なんかではない。厚さは家庭内のスリッパ程度で一応かかとのあるシューズみたいな粗末なものだ...恐れいった。初日の行程は短く4~5時間の行程である。出だしは非常になだらか、荷物も現地のポータさんたちのお陰で軽い!
ただし、下りの人々の顔色は冴えない、登頂できなかったのか?または疲労困憊の顔色なのか?帰りはきっとあんな風になって返ってくるのだろう6日後この道を...ここからキリマンジャロ頂上までの道のりは100kmを超える標高差にして約4000m期待半分、不安半分の大名登山は始まった...
By the way, it is finally a mountain climbing start from today. I go to the starting point of a mountain climb via the city area where Kilimanjaro called back "Shimo" who consumed breakfast in a lodge is seen neatly. There was "Kilimanjaro Airport" on the way. May not you come to direct here from Nairobi?... I have suspected and so on without reason. I came to direct here, and ed that, the splendid safari may not have an experience by the mountain climbing start. Before the departure I to Mr. K "safari does not matter". I will do it in the cheap course of the shortest period when the up returns to Kilimanjaro quickly! I said ", but he did not hand over only it. Well, I proposed it to the high "relaxedly course belonging to safari" after all (ん 100,000). But, this really thanks Mr. K if I think now. It was the experience that the safari was precious almost as same as Kilimanjaro mountain climbing, and was pleasant now if it thought. The restroom break came in "" which was a starting point of a mountain climb of Kilimanjaro unexpectedly there there in a town of Shimo in early time. OK, it is finally mountain climbing from now on! When I carried the 60L rucksack that と was heavy strangely on my back and began to walk, from a leader, there was the local guide about の introduction of this mountain climbing. I forgot local leader / "Fass Tina", subleader / "Minja", one more... Their instructions are given priority to over leader our tour "Mr. F" from now on till I descend Kilimanjaro. Fass Tina is a man setting foot on the top of Kilimanjaro more than 1,000 times. "Mr. F" said the tenth then, but it is so already the 8,000m peak stepping on top. The ability as the mountaineer thinks that "Mr. F" wins, but the Tanzania government obliges it to employing a local guide by all means when I climb Kilimanjaro. The official purpose is "prevention of accident accident", but thinks the true purpose to be "foreign currency acquisition". About 1,800m meters above the sea level of the mountain climbing start thinks that there was about around 30 local staff joining ten parties including "Mr. F" of the leader us. "Mr. whom probably would be the strongest climber except a leader whom can beer sold in a starting point of a mountain climb original ○" purchased six can beer set +1s and began to drink the one on the spot, and remaining 6 put it away in a rucksack. I move only valuables and the mobile appetite to one's mini rucksack, and the member of the local guide will unload the main heavy rucksack afterwards. The weight of the rucksack thought that there was limitation to 15kg, but, as for my rucksack, there were 20kg although I moved some loads to a mini rucksack. Oh, a robust national staff was relieved to unload it, but it is a boy of a junior high student to have unloaded the ridiculously heavy rucksack. I was in tune with a head without carrying it on its back and controlled it with one hand and was speechless at easy and the figure which I raised without a difficulty, besides. Even shoes are not the solid mountain climbing shoes which we wear. The thickness is a poor thing such as the shoes with the heel at slippers degree in the home for the time being... I was impressed. A trip of the first day is a trip of four or five hours briefly. The start is very gentle, and the load is light on the coattails of local porters, too! But the complexion of downhill people is not improved; was not able to reach the summit? Or is it the complexion of the fatigue? Six days that surely the return becomes like that, and will return later this way... I made the distance from here to the Kilimanjaro top a meters above the sea level difference more than 100km, and half of about 4,000m expectation, half uneasy daimyo mountain climbing began...
2008年4月24日木曜日
脱線!弟の結婚 (The Marriage of my younger brother)
宇都宮フェ○シティで弟の結婚式があり、当然のことながら兄である俺も出席した。弟も結婚するのに決して若い歳とは言えない年齢ではあるが、その弟より4学年上の俺が未だ独り身でいることが何よりもの親不孝となっている。しかし、弟の結婚は俺にとっても本当にめでたいことであるし、本音を言えばホッとしている。「これで跡継ぎができるな...」ということでだ。
これは、俺の自由度が高まったことを意味する。今まで何とかして家を継がなければ...という気持ちが心の奥底にあったが、それが払拭された。金さえあり、「公共の福祉」に反しない限り俺は自由にやりたいことをやる!結婚も出来ないで自分勝手なことをするのは考えが未熟、子供である証拠であるとよく言われる。家庭を持てばそれを守る責任感が沸き、仕事に対する考え方も変わるという。
それは、そうだろう...それは最も一般的なヒトとしての在り方であろう。しかし一般的なことが全てのヒトにベストであろうか?確かにこのような考え方は殆どの人々には奇怪に思えるだろう。変な病気にかかり女性への関心や、その薬の副作用で生殖機能をほぼ失った俺みたいな人間には、結婚のメリットを感じない。親には大変申し訳ないと思うが、寧ろ今の俺にとって伴侶など煩わしい存在でしかない。子供ができれば連れ合いよりも子供が可愛くて仕方なくなるという。
だれの話を聞いてもこれは同じ答えが返ってくる。これこそ人間の本能なのだろう。いや、人間に関わらず生けとし生きるものすべての本能にちがいない。それを味わえないことは本当に残念だ!それは認めるし、痛切に感じる。
が、子種を製造する機能を失っているのだ...これだけでは言い訳にならないか?異常行動を起こす犯罪者は論外としてやはり、性欲・生殖機能は重要な機能で生物学的に神聖なものなのだ!この種の話題はタブー視されているが、それらの機能を失った人間としてこの機能の重要さを大いに訴えたい!精力善用と。
まあ、本当に弟の結婚は兄の俺がこんな有様であるから本当にうれしい、というよりホッとした。皆が家族を養うために一所懸命働くのと同じように、低次元でセルフィッシュな動機かもしれないが俺は、死ぬ時に後悔しない人生を送るために、その活動を実践するために必要な費用を稼ぐために必死で働くつもりだ。そのためにはいかなる屍山血河を築こうと自分を貫き通す。
これを読んだヒトはこんな俺の意見に対し不服であろうか!?
It will be so... It will be an ideal method as the most general Homo sapiens. However, will a general thing be the best for all Homo sapiens? Most people may surely feel such a way of thinking mysterious. To the human being who seems to be me whom I suffer from a strange disease, and almost lost the generative function in interest to the woman and a side effect of the medicine, I do not feel a merit of the marriage. I think that I very am sorry for a parent, but it is only companions troublesome existence for rather present me. If a child can do it, it is said that a child cannot help becoming prettier than a spouse.
The same answer returns to this even if I hear a story of anyone. This will be human instinct. No, it must be the instinct of all the things which it is assumed that I grow without being concerned with a human being, and live. I am really sorry that I cannot taste it! It recognizes it and I am serious and feel it.
But, I lose a function to produce sperms... Is not it made an excuse only in this? After all a criminal taking action abnormally is the thing which is holy by the function that sexual desire / the generative function is important biologically as irrelevant matter! This kind of topic is tabooed, but wants to appeal for the consequence of this function as the human being who lost those functions very much! With energy good use.
Oh, that, as for the marriage of the younger brother, I of the older brother am really really glad because is such a state; was relieved more. It may be the motive that is selfish, but I am desperate to earn the expense that it is necessary to practice the activity, and I intend to work in a low dimension in the same way as working hard so that everybody feeds a family to send the life when I do not regret when I die. Therefore I stick to oneself to build any kind of heaps of dead bloody bodies.
Will you read and have this dissatisfied for an opinion of such me? ?
これは、俺の自由度が高まったことを意味する。今まで何とかして家を継がなければ...という気持ちが心の奥底にあったが、それが払拭された。金さえあり、「公共の福祉」に反しない限り俺は自由にやりたいことをやる!結婚も出来ないで自分勝手なことをするのは考えが未熟、子供である証拠であるとよく言われる。家庭を持てばそれを守る責任感が沸き、仕事に対する考え方も変わるという。
それは、そうだろう...それは最も一般的なヒトとしての在り方であろう。しかし一般的なことが全てのヒトにベストであろうか?確かにこのような考え方は殆どの人々には奇怪に思えるだろう。変な病気にかかり女性への関心や、その薬の副作用で生殖機能をほぼ失った俺みたいな人間には、結婚のメリットを感じない。親には大変申し訳ないと思うが、寧ろ今の俺にとって伴侶など煩わしい存在でしかない。子供ができれば連れ合いよりも子供が可愛くて仕方なくなるという。
だれの話を聞いてもこれは同じ答えが返ってくる。これこそ人間の本能なのだろう。いや、人間に関わらず生けとし生きるものすべての本能にちがいない。それを味わえないことは本当に残念だ!それは認めるし、痛切に感じる。
が、子種を製造する機能を失っているのだ...これだけでは言い訳にならないか?異常行動を起こす犯罪者は論外としてやはり、性欲・生殖機能は重要な機能で生物学的に神聖なものなのだ!この種の話題はタブー視されているが、それらの機能を失った人間としてこの機能の重要さを大いに訴えたい!精力善用と。
まあ、本当に弟の結婚は兄の俺がこんな有様であるから本当にうれしい、というよりホッとした。皆が家族を養うために一所懸命働くのと同じように、低次元でセルフィッシュな動機かもしれないが俺は、死ぬ時に後悔しない人生を送るために、その活動を実践するために必要な費用を稼ぐために必死で働くつもりだ。そのためにはいかなる屍山血河を築こうと自分を貫き通す。
これを読んだヒトはこんな俺の意見に対し不服であろうか!?
It will be so... It will be an ideal method as the most general Homo sapiens. However, will a general thing be the best for all Homo sapiens? Most people may surely feel such a way of thinking mysterious. To the human being who seems to be me whom I suffer from a strange disease, and almost lost the generative function in interest to the woman and a side effect of the medicine, I do not feel a merit of the marriage. I think that I very am sorry for a parent, but it is only companions troublesome existence for rather present me. If a child can do it, it is said that a child cannot help becoming prettier than a spouse.
The same answer returns to this even if I hear a story of anyone. This will be human instinct. No, it must be the instinct of all the things which it is assumed that I grow without being concerned with a human being, and live. I am really sorry that I cannot taste it! It recognizes it and I am serious and feel it.
But, I lose a function to produce sperms... Is not it made an excuse only in this? After all a criminal taking action abnormally is the thing which is holy by the function that sexual desire / the generative function is important biologically as irrelevant matter! This kind of topic is tabooed, but wants to appeal for the consequence of this function as the human being who lost those functions very much! With energy good use.
Oh, that, as for the marriage of the younger brother, I of the older brother am really really glad because is such a state; was relieved more. It may be the motive that is selfish, but I am desperate to earn the expense that it is necessary to practice the activity, and I intend to work in a low dimension in the same way as working hard so that everybody feeds a family to send the life when I do not regret when I die. Therefore I stick to oneself to build any kind of heaps of dead bloody bodies.
Will you read and have this dissatisfied for an opinion of such me? ?
2008年4月23日水曜日
The Windy Night

アフリカに上陸し3日目、タンザニアに入るとケニアよりも一層、アフリカ度が増してきた。その辺の木陰でボケーッとしている人も沢山いる。彼らは何を生業にして食べていってるのだろう?リーダーのF氏に訊ねた「分っかんないんだよねぇ~、でもそういうところがアフリカっぽくていいだろ?」と応えた。アフリカを散々歩き周った氏でも不可解なものがあるらしいがそれがアフリカの魅力という。
途中また、トイレ休憩に寄った。お土産屋ではない、公の事務所らしい建物内部のトイレを借りた。ここではこれと言って用はなくクルマは目的地を急いだ。そういえば、下痢が治っている。ラッキーだ!そういえば俺は海外に行く旅に下痢をする。中国に行った時も大連のテレビ塔では危機一髪であった。バスが何度も駐車場で位置修正の切り替えしをやっている時は怒りと危機感から顔色が赤と青の中間色「紫」になっていたと思う...。
さて、今日の目的地はといえば...宿だ!単純な話今日は目的もなく宿間の移動なのだ...だから、これといってサファリや国立公園など通過する予定は無いのだが、途中思わず声を上げることが何度かあった。というのも、この地域はケニアに比べて遥かに手つかずの場所が多く要は辺り一帯サファリのようなものであった。途中初めてキリン、カバに出会った。キリンは林の中に、カバは沼の上に浮いていて初めは岩かと思うくらい大きい!途中今度はドライブインらしきところで休憩をとったが、現地の女性が「記念写真を一緒にとらないか?」と声をかけてきた。この辺りに限らず東アフリカでは現地の人を無断で写真撮影することはタブーとされていた。ので、当然有料である!いわばビジネスなのだ!いくらで?と訊ねると1ショット3ドルという...やめとく!(後から聞いた話だが1米ドルは比較的大家族な家でも一緒に外食ができるくらいの相場らしい。)と言って立ち去った。で、K氏が砂漠上に真っ直ぐ地平線まで伸びていく道路の風景を気に入りそれをバックに写真撮ってくれというので写真を撮っていたら、12,3歳くらいの女の子がK氏に近づいてきたためフレームに入ってしまった!さて、これは金を要求されるのか...と思っていたらそんなことはなかった。K氏はカッコイイので多分近寄って来たのだろう。真相はどうなのか分からないが、K氏は「金なら払わないぞ」みたいな雰囲気をかもしだしその場を立ち去っていった。今だからこそ言えるが、見ていてなんか現地の子が可哀想だった。
クルマはかっ飛ばしまたもや、サバンナというか湖沼の多い湿地帯に入っていった。そこではこの世のものかと思うくらい美しい風景に出会った。夕暮れ迫る湖沼のほとりが朱色に染まっている...フラミンゴの大群だ!並の大群ではない!何万羽という単位だと思う。我々の車が来たのを察してか否かは分からないが、手前の岸にいる群れが飛び立った!今度は空が朱色になる。これは圧巻だった。国内最大の企業で世界でもトップクラスの優良企業の研究所に勤務しているB氏のシャッター音が消えることはなかった。
宿に着いた、昨日のアンボセリロッジには幾分劣る感はあるが、それでもヒルトンよりは豪華だった。リーダーのF氏が「ロッジのオーナーがキリマンジャロ登山のフィルム上映しようか?と訊いてきたけど実際登った時の感動のほうがずっと大きいから断ってきたよ。」と夕食の時に話した。それはリーダーの思惑とは逆の意味で正解だったかもしれない。そのフィルムを見たら登る前から戦意喪失してしまう恐れがある...。ここの食事も豪華でビュッフェだったが、腹を壊すのが怖いので控えめにしておいた。翌日からいよいよ登山が始まるのだが....
そのロッジは一組一棟の円形の部屋が割り当てられた。きちんと部屋内には洗面所・バスルーム・トイレがある。相変わらずマラリア避けの蚊帳もある。早速シャワーを浴び深海鮫肝臓エキスのV○vO2を服用し眠りについた。が、夜中、物音で目が覚めた...風が強いせいか、入り口の木戸に「遊び」があるせいか、浮いたり、戸口の壁たたきつけられたり煩くて仕方なかった、思わず俺の60Lザック重さ約25Kgをその木戸に立てかけ戸口に押しつけることで静かになった。この方法が同室のK氏に何故かやたらウケた。そのあとはまた問題なく眠りにつけた。今の俺からすれば信じられないことだ!...
翌朝、また朝食時はオムレツサービスがあった。S川氏は相変わらず「ALL!」でトッピングを指定していた。俺もそうしたかったが、おなかを壊すのを恐れて辛そうなものは避けてトッピングをお願いした。今日から登山開始だ!となるべく炭水化物を中心に多く食べるように努めた。
途中また、トイレ休憩に寄った。お土産屋ではない、公の事務所らしい建物内部のトイレを借りた。ここではこれと言って用はなくクルマは目的地を急いだ。そういえば、下痢が治っている。ラッキーだ!そういえば俺は海外に行く旅に下痢をする。中国に行った時も大連のテレビ塔では危機一髪であった。バスが何度も駐車場で位置修正の切り替えしをやっている時は怒りと危機感から顔色が赤と青の中間色「紫」になっていたと思う...。
さて、今日の目的地はといえば...宿だ!単純な話今日は目的もなく宿間の移動なのだ...だから、これといってサファリや国立公園など通過する予定は無いのだが、途中思わず声を上げることが何度かあった。というのも、この地域はケニアに比べて遥かに手つかずの場所が多く要は辺り一帯サファリのようなものであった。途中初めてキリン、カバに出会った。キリンは林の中に、カバは沼の上に浮いていて初めは岩かと思うくらい大きい!途中今度はドライブインらしきところで休憩をとったが、現地の女性が「記念写真を一緒にとらないか?」と声をかけてきた。この辺りに限らず東アフリカでは現地の人を無断で写真撮影することはタブーとされていた。ので、当然有料である!いわばビジネスなのだ!いくらで?と訊ねると1ショット3ドルという...やめとく!(後から聞いた話だが1米ドルは比較的大家族な家でも一緒に外食ができるくらいの相場らしい。)と言って立ち去った。で、K氏が砂漠上に真っ直ぐ地平線まで伸びていく道路の風景を気に入りそれをバックに写真撮ってくれというので写真を撮っていたら、12,3歳くらいの女の子がK氏に近づいてきたためフレームに入ってしまった!さて、これは金を要求されるのか...と思っていたらそんなことはなかった。K氏はカッコイイので多分近寄って来たのだろう。真相はどうなのか分からないが、K氏は「金なら払わないぞ」みたいな雰囲気をかもしだしその場を立ち去っていった。今だからこそ言えるが、見ていてなんか現地の子が可哀想だった。
クルマはかっ飛ばしまたもや、サバンナというか湖沼の多い湿地帯に入っていった。そこではこの世のものかと思うくらい美しい風景に出会った。夕暮れ迫る湖沼のほとりが朱色に染まっている...フラミンゴの大群だ!並の大群ではない!何万羽という単位だと思う。我々の車が来たのを察してか否かは分からないが、手前の岸にいる群れが飛び立った!今度は空が朱色になる。これは圧巻だった。国内最大の企業で世界でもトップクラスの優良企業の研究所に勤務しているB氏のシャッター音が消えることはなかった。
宿に着いた、昨日のアンボセリロッジには幾分劣る感はあるが、それでもヒルトンよりは豪華だった。リーダーのF氏が「ロッジのオーナーがキリマンジャロ登山のフィルム上映しようか?と訊いてきたけど実際登った時の感動のほうがずっと大きいから断ってきたよ。」と夕食の時に話した。それはリーダーの思惑とは逆の意味で正解だったかもしれない。そのフィルムを見たら登る前から戦意喪失してしまう恐れがある...。ここの食事も豪華でビュッフェだったが、腹を壊すのが怖いので控えめにしておいた。翌日からいよいよ登山が始まるのだが....
そのロッジは一組一棟の円形の部屋が割り当てられた。きちんと部屋内には洗面所・バスルーム・トイレがある。相変わらずマラリア避けの蚊帳もある。早速シャワーを浴び深海鮫肝臓エキスのV○vO2を服用し眠りについた。が、夜中、物音で目が覚めた...風が強いせいか、入り口の木戸に「遊び」があるせいか、浮いたり、戸口の壁たたきつけられたり煩くて仕方なかった、思わず俺の60Lザック重さ約25Kgをその木戸に立てかけ戸口に押しつけることで静かになった。この方法が同室のK氏に何故かやたらウケた。そのあとはまた問題なく眠りにつけた。今の俺からすれば信じられないことだ!...
翌朝、また朝食時はオムレツサービスがあった。S川氏は相変わらず「ALL!」でトッピングを指定していた。俺もそうしたかったが、おなかを壊すのを恐れて辛そうなものは避けてトッピングをお願いした。今日から登山開始だ!となるべく炭水化物を中心に多く食べるように努めた。
There was the feeling inferior to the yesterday's Anbo Japanese parsley lodge which arrived at the inn somewhat, but was still more luxurious than Hilton Hotel. Mr. F of the leader "the owner of the lodge projects it in the film of the Kilimanjaro mountain climbing, is the eighth"? Though I asked about と, I cut it off because a real impression when I climbed it was much bigger. I talked at the age of "and supper. It may have been a correct answer in the meaning that was reverse to the expectations of the leader. There is a threat that I lose the fighting spirit since before having climbed it when I watch the film... . I was luxurious, and a meal of here was a buffet, but moderated it in it being scary to get a stomach out of order. Mountain climbing finally begins at the next day....
One circular room was assigned to the one set of lodge. There is a washroom / a bathroom restroom properly in the room. There is the malaria mosquito net which is as ever. I took a shower at once and took V ○ vO2 of the deep sea shark liver extract and fell asleep. But, at midnight, I woke up by a sound... Floated, and was flung the wall of the doorway, and could not help being noisy probably because there was "play" to the wicket of the entrance probably because wind was strong; became quiet by leaned my 60L rucksack about 25kg in weight against the wicket unintentionally, and pushing it to the doorway. Reputation た for some reason indiscriminate this method for Mr. K of the same room. The trace did not have any problem again and was able to fall asleep. According to present me, it is unbelievable! ...
We had omelette service on the next morning in the breakfast again. As for Mr. S River, same as before; "ALL!" I appointed a topping in ". I wanted to do it so, too, but I was afraid that I got a stomach out of order and avoided the thing which seemed to be hot and asked for a topping. It is a mountain climbing start from today! I tried to eat a lot mainly on carbohydrates.
One circular room was assigned to the one set of lodge. There is a washroom / a bathroom restroom properly in the room. There is the malaria mosquito net which is as ever. I took a shower at once and took V ○ vO2 of the deep sea shark liver extract and fell asleep. But, at midnight, I woke up by a sound... Floated, and was flung the wall of the doorway, and could not help being noisy probably because there was "play" to the wicket of the entrance probably because wind was strong; became quiet by leaned my 60L rucksack about 25kg in weight against the wicket unintentionally, and pushing it to the doorway. Reputation た for some reason indiscriminate this method for Mr. K of the same room. The trace did not have any problem again and was able to fall asleep. According to present me, it is unbelievable! ...
We had omelette service on the next morning in the breakfast again. As for Mr. S River, same as before; "ALL!" I appointed a topping in ". I wanted to do it so, too, but I was afraid that I got a stomach out of order and avoided the thing which seemed to be hot and asked for a topping. It is a mountain climbing start from today! I tried to eat a lot mainly on carbohydrates.
(Photo : A certain lake and Flamingos)
2008年4月22日火曜日
Masai Technology

後になって分かったことだが、抗生物質は腸内のあらゆる菌を殺してしまうので服用しすぎると下痢を起こすらしい。では、下痢の中ひたすら抗生物質を飲み続けた俺は全く逆のことをやっていたのか...。でも、これは減量を志す人にはもってこいの方法かもしれません。計測はしていないが、一晩で3kgは体重減が見込めます。が、著しい体力ダウンと・家からは出られないことを覚悟してください。第二は徹底的に働きまくって、尚、上司に嫌味言われまくって「うつ病になることです。」俺の経験では3ケ月で32kg体重を落とすことができました。最後は骨皮状態になります。服が2LだったものがSサイズでもゆるくなります。ただしこれは、食欲を取り去るのには有効ですが、他の欲望も奪い去ります。また、大変なワケの分からない精神的苦痛に悩まされるため、一歩間違えると自殺する羽目になります。効果は絶大ですが麻薬を使うよりも危険と思われるのでお勧めできません。
話を戻して、いよいよキリマンジャロのあるタンザニアに向けて出発です。アンボセリ国立公園はタンザニアの国境近くにあるので国境のイミグレーション事務所までそれほどかからず着きましたその手前にお土産屋さんがあったので、トイレ休憩とお土産見物に皆バラけました。俺は先ずトイレに行き、そのあとお土産売り場に行きました。K氏がコカコーラを飲んでいましたが、俺は余剰な水分を摂るとヤバイ事になりそうなので、控えざるを得ません。それと、アフリカと言えばさぞ、熱いところというイメージがありますがそれほどではありません。何故ならアフリカ東部のサバンナは標高が高いのです。コカコーラを飲み終えたK氏と土産やをぶらつきましたが、正直言ってイマイチ...そこへひょうきんな、売り子が居て我々の持っているカメラを差し、「それは、ニューテクノロジー、これはマサイテクノロジー」といいながら動物の形をした小さな石彫りの人形の尾を押すと蓋になっている背中の部分が開くシステムである。そのキャッチにつられて、K氏も俺も思わず買ってしまった。しかし、何の使い道も無いお土産である。子供のおもちゃにさえならないだろう。大人のおもちゃにはなるかもしれないが...
国境の入国審査場についた、ここは物売りがすごいので有名らしいが、本当に凄かった。入国審査はツアーリーダが1,2枚の紙幣を管理官に握らせたのか?呆気なく終わった。ワゴンに戻ってからが大変だった。窓をこじ開け物売りが商品を握った手でムリヤリ買わせようとする。ダメだ...とうとう観念し、10個セットの銅製ブレスレットというヤツをボールペン1本と交換することにした。この辺では日本製のボールペンはとても価値があるらしい。日本出国前にアフリカに行くならできる限り多くの一番安いボールペンを持っていくといい。と新婚旅行でケニアに行ったことのある方式部門のM殿には言われていたが、まさかこれほどとは...おれは1ダースだけ用意しておいた。一本70円のヤツを。まあ、このブレスレットが銅というのは疑わしいが真鍮だとしても元はとれたな...と思いワゴンはタンザニアに入った。
タンザニアはケニア側と比べると静かでのんびりしている様子だった。今日の工程は長いらしい。道はますます真っ直ぐだ、車の速度計は120km/hより下がらない。
Because a vender was terrible, here that stuck to the passport control ground of the border seemed to be famousness, but was really terrible. As for the passport control, did leader tour let a curator grasp 1,2 pieces paper money? I was disappointing and was over. It was serious since I returned to a wagon. I am going to let you buy it by the hand which you break open a window, and a vender grasped an article in by force. I am no use... I resigned myself and decided to change the guy called the copper bracelet of ten sets for one ball-point pen at last. The ball-point pen made in Japan seems to have value very much in this neighborhood. You should take the ball-point pen cheap most of most as much as possible if you go to Africa before the Japanese departure. Was said to M of the method section with having gone to Kenya by a と honeymoon,; but possibly as for this... Only one dozen prepared me. A guy of one 70 yen. Oh, the copper was suspicious, but this bracelet got its money's worth even if it was brass... The と thought wagon was in Tanzania.
It looked like I took it easy with stillness when I compared Tanzania with a Kenyan side. Today's process seems to be long. ぐだ, the speedometer of the car do not fall straighter and straighter down to the way than 120km/h.
It looked like I took it easy with stillness when I compared Tanzania with a Kenyan side. Today's process seems to be long. ぐだ, the speedometer of the car do not fall straighter and straighter down to the way than 120km/h.
写真: ケニア・タンザニアの国境管理事務所(ケニア側)
2008年4月20日日曜日
アンボセリでの悲劇
アンボセリ国立公園は黄色の大きなゲートがあって管理人が不法侵入出来ないように見張っている。が、その気になれば鉄格子を超えていくらでも立ち入ることができそうだ。と、忘れていたが、最初に見たアフリカならではの動物ダチョウに続き、次に見た動物はシマウマだった。いずれも国道沿いに平然と立っている。その次に象を見た。k氏は初め小屋かと間違える程大きい。
国立公園に入るとドライバーが「You'll be able to see natural Africa. Let's across the Amboseli !」みたいな事を言った。今なら意味分かるが当時は最後の「アクロス ザ アンボセリ」しか聞き取れなかった。アンボセリは象とハイエナ、インパラがとにかく目に付いた初めて見る動物には感動するが、3度も見ると、もういいや状態になる。しかし、これが本物のサファリなのだ、このアンボセリの敷地面積はどれくらいあるのだろう?後で分かったが前述した鉄格子を超えたところでサバンナに立ち尽くすしかないのだ、なぜなら、アンボセリに入ってから宿泊所アンボセリロッジまでクルマで1時間以上かかるのだから。まだ、日の高いうちにロッジに着いた。リーダー舟○氏が昨日泊まったファイブスターのヒルトンが今回の旅で最も安いホテルというのが少し分かってきた。アンボセリロッジはいかにもアフリカらしい石造りの門があり、プール、バー、宿泊施設は2部屋で一棟であるきちんとしたベッドに洗面所、水洗のトイレがある。その他に民族資料館やレストラン・カフェテラスもある一大リゾート地のようだ。
ここで、夕食まで時間が余るためサファリに再び出かけた。ハイエナらしきものがウロウロしている中、しばらく走ると、ドライバーがクルマを止めた何だと思ったらライオンがいるという!どこに!?英語でゆっくり説明してくれているのだが、分からないが...しつこく聞いていると「あー尻尾がこちら向きに垂れている!」と気が付いた。向こう向きだけど確かにライオン!と思わず声を上げた。後から聞いた話でこのライオンは木の上にいたが、木に登るライオンはこの一帯にしかおらず、しかも雄のみらしい。しかし、クルマで走りながらあんな分かりにくいものを瞬時に捉えるこのドライバーの目はどうなってるんだ?
帰り道に幾つか白骨化した動物の死骸を見てホテルに戻った。もうすぐ夕食の時間だ、俺達のグループの担当スタッフは何と日本語が話せる!この国の人は母国語がスワヒリ語で、英語は誰でも話せる、日本語を覚えたいというのはやはり日本人客が多いためらしい。どんな忙しい時でも一時間は勉強していると言っていた。一時間の勉強というと、「なんだ、それだけ?」と思いがちだが、仕事をしながら一日も欠かさず勉強することは自分と照らし合わせてみると並の意志では不可能だと思う。
本当はこのロッジの最大の魅力はサバンナ越しに見えるキリマンジャロだが、その日は見れなかった。まあ、当然あとから嫌と言うほど見れるけど。
食事の時間が近くなったときから俺の体調に変化が起きた。下痢だ、しかもかなりひどい。30分おきにトイレにいく状況だ、夕食なんていいや、と思ったが、一人部屋に居るのも寂しいもので、ビュッフェに行った。まあ、取り放題なので、少し何か食べておこうと思った。リーダーがパパイヤ、マンゴーは整腸作用があるから食べるといいと言ってくれたのでそれのみを食べた。部屋に戻りベッドで横になっていてもどうも改善しない。ここは薬に頼るか...と抗生物質を服用した、それでも良くなるどころか、余計酷くなってきた。その夕べにマサイダンスショーがあって皆それを観にいったが俺はそんなインターバルは無かった。抗生物質を追加服用したが改善する傾向は一向にない。その状態で一晩過ぎた。同室のk氏もあまりに俺の状況が酷いので心配してくれた。これから先のロッジはベッドの上の天井に蚊帳が用意されている。当然マラリア防止のためだが,しかしこの夜は蚊帳はその機能を俺には発揮しなかった。一夜明けて、皆早朝サファリに出発した。が、俺はパス!もし参加してたらクルマの外に降りて用を足している間にハイエナの餌食になってしまっただろう。
皆が帰ってきた、その日俺は外に出て初めてサバンナ越しにキリマンジャロの姿を見た。ちゃんと雪もある。なんて大きく高い山なんだろう...感動の反面あんな高い山を登るのか...と不安になってきた。ALL トッピングオムレツのS川氏が「大丈夫?」と訊ねてくれたので「これで、登頂できると確信しましたよ」と答えた。
その年は「バルセロナ五輪」があり柔道の古賀稔彦選手が準々決勝で手首を傷めたとき「これで、金メダルを獲れると確信しました」と言ったのを真似ただけの強がりであった。さあ、もうじきアンボセリを出発し国境を越えケニアからタンザニアに向う時が来る。俺はどうなることやら...
<写真: アンボセリロッジ>
I watch it so that an Anbo Japanese parsley national park has a yellow big gate, and a manager cannot intrude. But I can seem to enter it as many as one likes across a grate if determined. I forgot と, but, following an animal ostrich only in Africa which I watched first, the animal which watched it next was a zebra. Both stand calmly along a national highway. I watched an elephant next. Mr. k is big so as to mistake it for a hut at the start.
When enter a national park; a screwdriver "You'll be able to see natural Africa." I said a thing such as Let's across the Amboseli. How long will there be safari なのだ that this is genuine, plottage of this Anbo Japanese parsley? Because I understood it later, but suffer by car to a lodging Anbo Japanese parsley lodge more than one hour after I stand in savanna in a place beyond the grate which mentioned above, and 尽 くすしかないのだ, why entered Anbo Japanese parsley. Still of a day while was high, reached a lodge. The hotel which Hilton Hotel of the five-star that Mr. leader ship ○ stayed yesterday was this trip, and was the cheapest shared it a little. An Anbo Japanese parsley lodge really has the stone gate like Africa, and, in the swimming pool, the bar, the accommodations, there are a washroom, a restroom of a water closet in the tidy bed which is 1 in two rooms. In addition, a racial museum and restaurant cafe-terrace seem to be a certain big resorts, too. I say that there is a lion if I think that it is anything which a driver kept a car as! Where! ? I explain it in English slowly, but do not understand it... When ask you persistently; "a あー tail hangs down to this place"! I noticed with ". Though it is looking away, it is surely a lion! I raised a voice without thinking of と. There was this lion on a tree by the story that I heard later, but, besides, a lion climbing a tree seems to be a male chisel without there being me only in this whole area. However, as for the eyes of this driver who arrests such an illegible thing instantly while running by car, it is it how?
I watched a corpse of the animal which became some bleached bones in a way back and came back to a hotel. だ, the charge staff of a group of us can speak what and Japanese soon in time of supper! The reason why a person of this country wants to learn the Japanese that a native language is Swahili, and anyone can speak English seem to be that after all there are many Japanese visitors. I was said to make any kind of study for one hour when I was busy. When say study of one hour; "only as for なんだ, it?" I am apt to think it to be ", but think that I am impossible for ordinary will when I can try to compare that I study regularly with oneself all day long while working. In fact, the greatest charm of this lodge was Kilimanjaro which I saw over savanna, but was not able to watch it on that day. Oh, naturally I can consider it to be unpleasant later so as to say. A change happened in my physical condition since it became almost time of a meal. Besides, diarrhea だ is considerably bad. I said, and situation だ, 夕食 which went to a restroom every 30 minutes thought that I was unpleasant, but performed what was in single occupancy with a lonely thing in a buffet. Oh, I took it and thought that I would eat whether it was some what because I was free. Because I said that a leader should have eaten because a papaya, a mango had Hitoshi bowels action, I ate only it. Even if I come back to a room and lie in a bed, I am not improved for some reason. Do you depend on medicine here?... Far from even its which took a と antibiotic improving, I became even more terrible. I went there was マサイダンスショー in the evening, and to watch all it, but there was not me in such an interval. I took an antibiotic more, but there is not a tendency to be improved totally. It was over in the state overnight. Because my situation was too severe, I worried about Mr. k of the same room. As for the former lodge, a mosquito net is prepared for from now on by a ceiling on a bed. But, however, the mosquito net did not show the function to me for prevention of natural malaria at this night. I could have free single night and departed in safari in all early morning. But I pass it! While I went down outside a car if I participated and added business, I will have become a prey of a hyena. I watched a figure of Kilimanjaro over savanna on the day when everybody returned only after I went out. There is snow properly, too. It will be a mountain high how greatly... Do you climb the high mountain which is an other side filling of an impression?... I became と uneasiness. Ms. S River of an ALL topping omelette "is all right?" I answered it that I was "convinced that I could reach the summit in this" because I asked it with ".
It was the bluff that imitated that I said that I was "convinced that I could catch a gold medal in this" when the age had "the Barcelona Olympic Games", and Toshihiko Koga of judo damaged a wrist in the quarterfinals. OK, I leave Anbo Japanese parsley soon, and coming time comes to Tanzania from Kenya across a border. How about me...
When enter a national park; a screwdriver "You'll be able to see natural Africa." I said a thing such as Let's across the Amboseli. How long will there be safari なのだ that this is genuine, plottage of this Anbo Japanese parsley? Because I understood it later, but suffer by car to a lodging Anbo Japanese parsley lodge more than one hour after I stand in savanna in a place beyond the grate which mentioned above, and 尽 くすしかないのだ, why entered Anbo Japanese parsley. Still of a day while was high, reached a lodge. The hotel which Hilton Hotel of the five-star that Mr. leader ship ○ stayed yesterday was this trip, and was the cheapest shared it a little. An Anbo Japanese parsley lodge really has the stone gate like Africa, and, in the swimming pool, the bar, the accommodations, there are a washroom, a restroom of a water closet in the tidy bed which is 1 in two rooms. In addition, a racial museum and restaurant cafe-terrace seem to be a certain big resorts, too. I say that there is a lion if I think that it is anything which a driver kept a car as! Where! ? I explain it in English slowly, but do not understand it... When ask you persistently; "a あー tail hangs down to this place"! I noticed with ". Though it is looking away, it is surely a lion! I raised a voice without thinking of と. There was this lion on a tree by the story that I heard later, but, besides, a lion climbing a tree seems to be a male chisel without there being me only in this whole area. However, as for the eyes of this driver who arrests such an illegible thing instantly while running by car, it is it how?
I watched a corpse of the animal which became some bleached bones in a way back and came back to a hotel. だ, the charge staff of a group of us can speak what and Japanese soon in time of supper! The reason why a person of this country wants to learn the Japanese that a native language is Swahili, and anyone can speak English seem to be that after all there are many Japanese visitors. I was said to make any kind of study for one hour when I was busy. When say study of one hour; "only as for なんだ, it?" I am apt to think it to be ", but think that I am impossible for ordinary will when I can try to compare that I study regularly with oneself all day long while working. In fact, the greatest charm of this lodge was Kilimanjaro which I saw over savanna, but was not able to watch it on that day. Oh, naturally I can consider it to be unpleasant later so as to say. A change happened in my physical condition since it became almost time of a meal. Besides, diarrhea だ is considerably bad. I said, and situation だ, 夕食 which went to a restroom every 30 minutes thought that I was unpleasant, but performed what was in single occupancy with a lonely thing in a buffet. Oh, I took it and thought that I would eat whether it was some what because I was free. Because I said that a leader should have eaten because a papaya, a mango had Hitoshi bowels action, I ate only it. Even if I come back to a room and lie in a bed, I am not improved for some reason. Do you depend on medicine here?... Far from even its which took a と antibiotic improving, I became even more terrible. I went there was マサイダンスショー in the evening, and to watch all it, but there was not me in such an interval. I took an antibiotic more, but there is not a tendency to be improved totally. It was over in the state overnight. Because my situation was too severe, I worried about Mr. k of the same room. As for the former lodge, a mosquito net is prepared for from now on by a ceiling on a bed. But, however, the mosquito net did not show the function to me for prevention of natural malaria at this night. I could have free single night and departed in safari in all early morning. But I pass it! While I went down outside a car if I participated and added business, I will have become a prey of a hyena. I watched a figure of Kilimanjaro over savanna on the day when everybody returned only after I went out. There is snow properly, too. It will be a mountain high how greatly... Do you climb the high mountain which is an other side filling of an impression?... I became と uneasiness. Ms. S River of an ALL topping omelette "is all right?" I answered it that I was "convinced that I could reach the summit in this" because I asked it with ".
It was the bluff that imitated that I said that I was "convinced that I could catch a gold medal in this" when the age had "the Barcelona Olympic Games", and Toshihiko Koga of judo damaged a wrist in the quarterfinals. OK, I leave Anbo Japanese parsley soon, and coming time comes to Tanzania from Kenya across a border. How about me...
2008年4月19日土曜日
All Toping Omelet
ヒルトン・ナイロビの朝はすこぶる快適で、顔を洗い眠気を取り除いた後、朝食に向ったもう殆どのメンバーは食事を始めているか、バイキング(本当は"ビュッフェ"または"スモーガスボード"と言わないと通じません。)ここではサラダ・ドリンク・スクランブルエッグ・パン・コールドチキン・パスタ、他は忘れたけど、朝食と呼ぶにはかなりリッチなものであった。日本でも高級ホテルの朝食では見かけるのだろうが、コックさんが一人ずつその場でオムレツを作ってくれる。トッピング材料を6種類の中から選んでオムレツに入れてくれるのだが、俺のすぐ前にいたS川殿が「ALL!」といって全てのトッピングを加えてオムレツを作ってもらったのを見て、それに習いやはり俺も「ALL!」とお願いした。さすがプロだけあって嫌な素振りは見せないが、「なんて食い意地のはった奴らだ」と思っていたと思う。K氏もやはり同じ言葉で頼んでいた。
Ya haga la mayoría de los miembros que dejaron para el desayuno empieza una comida después de es muy cómodo por la mañana de Hotel de Hilton Nairobi y lava una cara y habiendo quitado el sueño; ¿un viking?(De hecho, no lo conozco a menos que llamo "bufete" del mugido o "tabla de gas.")Aunque se olvidaron de él, el ensalada salud bebida huevos revueltos pan la pasta del pollo fría, los otros eran considerablemente ricos aquí para llamarlo el desayuno.Aun cuando veo al ser el desayuno del hotel de calidad superior en Japón, cocinero hace una tortilla uno por uno en la mancha.Escogí los materiales estupendos de seis tipos y lo puse en una tortilla, pero el río de S dónde estaba justo delante de mí dijo con "TODOS! "y miré lo que tenía, además, que hace a una tortilla y lo aprendí de él y después de todo mí pidió todos los glasés con "TODOS! ".Hay todavía sólo un profesional y el comportamiento desagradable no lo muestra, pero piensa que pensé que "es los tipos en quienes la glotonería se arrastró cómo."Después de todo mí Mr comprometió. K por las mismas palabras.
朝食後先日かけた国際電話料金に驚いたが、それを支払った後またステーションワゴンに乗って次の目的地「アンボセリ国立公園」に向った。ケニアの道は郊外に出るとどこまでも真っ直ぐで、周りは草原である。これが「サバンナ」というやつか...と一人でつぶやく。その日の移動距離は約300kmと聞いていた。クルマは常に100km/h以上で走っているからそれほど時間はかからないという。とは言えさすがに途中の土産屋みたいな場所で休憩をとった。
Era sorprendido a un no la proporción de la llamada telefónica bastante internacional después del desayuno el otro día, pero perseguí de nuevo en un carro de la estación lo habiendo pagado y dejé para el próximo destino "Anbo el perejil japonés el parque nacional."Cuando la manera de Kenyan aparece en los suburbios, soy para siempre honrado y la rotación es una llanura herbosa.Esto murmura el tipo llamó "la sabana" o ... exclusivamente.Oí que el movimiento distancia del día con aproximadamente 300km.Se dice que no sufro tanto a tiempo porque coches siempre corridos en más de 100km/h.Sin embargo, me tomé de hecho en camino el descanso a un lugar como una tienda del recuerdo.
すると店員が、すかさず近寄って「何か俺のために日本からのプレゼントはないのか?」と訊いて来た!なんてあつかましい野郎だと思ったが、俺達も昨日ティーラウンジでメニューに無いビールを頼んだくらいだから何とも言えない。しばらく頭を抱えていると「Do you have a headache?」と訊かれた「いや困り果てているんだ」と英語でかろうじて答えた記憶がある。そこで、日本製の赤色ボールペンをプレゼントした。異常な喜び様だ...「お礼になにかあげるよ」と言われたが遠慮しておいた。K氏は「のれん」というか何と言ったらよいのか分からないが、大きな布に絵や模様が描かれたものをお姉さんのために吟味していた。買ったかどうかは覚えていないが。
Entonces no lo adelgace y un acercamientos del dependiente; ¿y no "hay el presente de Japón para cualquiera yo?"¡Pregunté con!"Pensé que es eso que un tipo atrevido, pero nadie lo conoce porque pedimos un menú la cerveza que no hay en un salón de descanso de té ayer.Se preguntó si estaba a sus ingenios acabe durante algún tiempo con usted "tenga un dolor de cabeza"?; recuerde que apenas lo contestó eso "está completamente a una pérdida ningún" en inglés.Por consiguiente presenté una pluma del bolígrafo roja hecha en Japón.Es la alegría anormal...Fue dicho que lo "nombré para gracias lo que era", pero rechazó.No lo entendí lo con el que debo de haber dicho si Mr. K dijo "un noren", pero examinó la cosa que un cuadro y un plan se pintó estrechamente en en tela grande para una hermana grande.No recuerdo si lo compré.
再度クルマに乗り込んでいたらドライバーが「Look there Ostri...」と言っていた。エンジンの音が大きくて「何!オーストリアがどうかしたのか...?」と思ったがその先に見えたのは「ダチョウ」だった。これが初めてのアフリカっぽい動物であった。本当にこんな幹線道路沿いに動物園でしか見たことがない動物がいるのだ!と少し感度した。
リーダー舟○氏が言うには昨夜とまったヒルトンが今回のツアーの中で一番安いホテルだ、といった。その先のホテルとは?後から納得しできた。
今日は疲れた!ごめんなさい
Si sube de nuevo a un coche; una "Mirada del destornillador allí Ostri"...Dije ".El sonido del motor es fuerte; ¡y "algo!"¿Austria era descompuesta?...?Pensé que fue ", pero era "un avestruz" que vi allí.Éste fue un primero Africa-como el animal.¡Hay realmente que sólo he mirado un parque zoológico a lo largo de tal un animal de la carretera!Hice algunos. la sensibilidad.
Hotel de Hilton que detuvo anoche dijo en esta gira para que Mr. el barco del líder. dijo cuando era un hotel barato la mayoría.¿Con el hotel del futuro?Entendí después y pude hacerlo.
¡Estaba cansado hoy!Lo siento
Ya haga la mayoría de los miembros que dejaron para el desayuno empieza una comida después de es muy cómodo por la mañana de Hotel de Hilton Nairobi y lava una cara y habiendo quitado el sueño; ¿un viking?(De hecho, no lo conozco a menos que llamo "bufete" del mugido o "tabla de gas.")Aunque se olvidaron de él, el ensalada salud bebida huevos revueltos pan la pasta del pollo fría, los otros eran considerablemente ricos aquí para llamarlo el desayuno.Aun cuando veo al ser el desayuno del hotel de calidad superior en Japón, cocinero hace una tortilla uno por uno en la mancha.Escogí los materiales estupendos de seis tipos y lo puse en una tortilla, pero el río de S dónde estaba justo delante de mí dijo con "TODOS! "y miré lo que tenía, además, que hace a una tortilla y lo aprendí de él y después de todo mí pidió todos los glasés con "TODOS! ".Hay todavía sólo un profesional y el comportamiento desagradable no lo muestra, pero piensa que pensé que "es los tipos en quienes la glotonería se arrastró cómo."Después de todo mí Mr comprometió. K por las mismas palabras.
朝食後先日かけた国際電話料金に驚いたが、それを支払った後またステーションワゴンに乗って次の目的地「アンボセリ国立公園」に向った。ケニアの道は郊外に出るとどこまでも真っ直ぐで、周りは草原である。これが「サバンナ」というやつか...と一人でつぶやく。その日の移動距離は約300kmと聞いていた。クルマは常に100km/h以上で走っているからそれほど時間はかからないという。とは言えさすがに途中の土産屋みたいな場所で休憩をとった。
Era sorprendido a un no la proporción de la llamada telefónica bastante internacional después del desayuno el otro día, pero perseguí de nuevo en un carro de la estación lo habiendo pagado y dejé para el próximo destino "Anbo el perejil japonés el parque nacional."Cuando la manera de Kenyan aparece en los suburbios, soy para siempre honrado y la rotación es una llanura herbosa.Esto murmura el tipo llamó "la sabana" o ... exclusivamente.Oí que el movimiento distancia del día con aproximadamente 300km.Se dice que no sufro tanto a tiempo porque coches siempre corridos en más de 100km/h.Sin embargo, me tomé de hecho en camino el descanso a un lugar como una tienda del recuerdo.
すると店員が、すかさず近寄って「何か俺のために日本からのプレゼントはないのか?」と訊いて来た!なんてあつかましい野郎だと思ったが、俺達も昨日ティーラウンジでメニューに無いビールを頼んだくらいだから何とも言えない。しばらく頭を抱えていると「Do you have a headache?」と訊かれた「いや困り果てているんだ」と英語でかろうじて答えた記憶がある。そこで、日本製の赤色ボールペンをプレゼントした。異常な喜び様だ...「お礼になにかあげるよ」と言われたが遠慮しておいた。K氏は「のれん」というか何と言ったらよいのか分からないが、大きな布に絵や模様が描かれたものをお姉さんのために吟味していた。買ったかどうかは覚えていないが。
Entonces no lo adelgace y un acercamientos del dependiente; ¿y no "hay el presente de Japón para cualquiera yo?"¡Pregunté con!"Pensé que es eso que un tipo atrevido, pero nadie lo conoce porque pedimos un menú la cerveza que no hay en un salón de descanso de té ayer.Se preguntó si estaba a sus ingenios acabe durante algún tiempo con usted "tenga un dolor de cabeza"?; recuerde que apenas lo contestó eso "está completamente a una pérdida ningún" en inglés.Por consiguiente presenté una pluma del bolígrafo roja hecha en Japón.Es la alegría anormal...Fue dicho que lo "nombré para gracias lo que era", pero rechazó.No lo entendí lo con el que debo de haber dicho si Mr. K dijo "un noren", pero examinó la cosa que un cuadro y un plan se pintó estrechamente en en tela grande para una hermana grande.No recuerdo si lo compré.
再度クルマに乗り込んでいたらドライバーが「Look there Ostri...」と言っていた。エンジンの音が大きくて「何!オーストリアがどうかしたのか...?」と思ったがその先に見えたのは「ダチョウ」だった。これが初めてのアフリカっぽい動物であった。本当にこんな幹線道路沿いに動物園でしか見たことがない動物がいるのだ!と少し感度した。
リーダー舟○氏が言うには昨夜とまったヒルトンが今回のツアーの中で一番安いホテルだ、といった。その先のホテルとは?後から納得しできた。
今日は疲れた!ごめんなさい
Si sube de nuevo a un coche; una "Mirada del destornillador allí Ostri"...Dije ".El sonido del motor es fuerte; ¡y "algo!"¿Austria era descompuesta?...?Pensé que fue ", pero era "un avestruz" que vi allí.Éste fue un primero Africa-como el animal.¡Hay realmente que sólo he mirado un parque zoológico a lo largo de tal un animal de la carretera!Hice algunos. la sensibilidad.
Hotel de Hilton que detuvo anoche dijo en esta gira para que Mr. el barco del líder. dijo cuando era un hotel barato la mayoría.¿Con el hotel del futuro?Entendí después y pude hacerlo.
¡Estaba cansado hoy!Lo siento
2008年4月18日金曜日
恐るべし!ナイロビ
我々を乗せたステーションワゴンはナイロビ市の中心部にある「ヒルトン ホテル」の玄関前に止まった。玄関前までわざわざ...親切だなぁと思ったが、それにはワケがあった。チップを払う訳ではない。まあ、それはそうとして、ホテルに到着しホッと一息。チェックインをリーダーが済ませてくれていたら、先ほどの機内の日本人のキレイなスチュワーデスさんもチェックインしていた。ずっとそっちを見ていたら目が合った、手を振ると「え、私のこと?」って感じで少し驚いていたが、職業上の笑顔は絶やさないでくれていた。お互い歩み寄ろうとしたが、彼女は同僚と思われるアラブ系のスチュワーデスに制止された。となれば、俺が一方的に近づけば良かったのだが、そんな勇気なかった。これは生涯後悔のワースト10に入るだろう。
The station wagon which I picked us up on stopped in front of the entrance of "Hilton Hotels" in the center of Nairobi City. To the entrance expressly... I thought that I was kind, but it had Wake. I do not pay a tip. Oh, apart from that, arrive at the hotel; is a breath relievedly. When a leader finished check-in, the Japanese beautiful flight attendant in the plane of a while ago checked in. When shake the hand which eyes matched when watch that one all the time; "get it, and is me?" "Was surprised for a feeling a little, but gave the smile in the occupation without running out. I was going to approach it each other, but she was controlled by the Arabic flight attendant who seemed to be a fellow worker. となれば, I should have approached one-sidedly, but there was not such courage. Worst 10 of the regret will contain this throughout the life.
我々の登山装備の入ったこれでもかと重い荷をポーターが部屋まで運んでくれて簡単な案内をしてくれた。あまりにも荷物が重く、気の毒に思えたので、少しチップをはずんだ記憶があるたしか、US$2くらいだった。部屋に荷物を置いた我々は一階ロビーの一角にあるティーラウンジで、あつかましくもビールを注文した。メニューにはそれらしきものは無かったが、大丈夫だろうと思った。ウェイターさんは厨房にではなくレストランの方に向っていった。キチンとビールは出された。日本を出発する以前に読んだ本ではアフリカのビールは馬のションベンのようだ。と記されていたが、そんなことはない、日本のビールに遜色ない。
そのあと、ホテル内のお土産店街をうろついていたが、絵葉書を売っている店に入ったら、「Are you Chainese ?」と訊かれた「いや、日本人だ.キリマンジャロを登りにいくんだ。」「Sounds great!」という言葉を皮切りにちょっと会話が弾んだ、ろくに英語の勉強はしていなかったが、身振り手振り、単語の羅列で大体意思疎通はできるものだと思った。中国に行ったときは全く通用しなかったが....
部屋に戻る途中、飲み水を確保するためにまた違う売店に行った。物価が安いせいか、1.5LのペットボトルでUS$0.5くらいだった。そこにはしっかりと「キリマンジャロの水」と商品名が記載されていた。勿論英語だったけど、それくらいは読めた。この水には登山時に再三お世話になることになる。
このホテルは世界に知られるヒルトンの中でも高級な部類に位置するらしく、実に広く、部屋が立派な
ことは勿論部屋からの景色がすばらしかった。すぐ手前に市街地が一望でき、その先には広大な平原と森が見えた。
と、そこでホテルの近くに一件コンビニエンスストアー「ファ○りーマート」らしき看板が見えた!深夜徘徊族の我々には大変興味あったので俺と同室のK氏はそこへ行ってみることにした。で、ホテルからでて、20m歩いただろうか、ホテルの前で待ち伏せしたらしき、十数人の現地の人たちがそれこそ吐き捨てたキャンディに群がる蟻のごとく俺達に何か要求しながら近寄ってくる。思わず速攻でホテルに引き返した。その看板のある建物まではわずか200m以内。リーダーに話たところ、「それはタクシー屋か、物売りか、物乞いだよ。ナイロビは世界で1,2位を争う物騒な都市だからきをつけろ。なるべく単独では出歩かないように、パスポートや財布を奪われたことがあるから...」と言われた。ステーションワゴンを玄関前に停めた理由はおそらくこれであろう。旅慣れない我々にとってその200mのいかに遠いことか!街で200m歩くのに困難な状況なのに標高6000m近いキリマンジャロなんてどれほど大変なことだろうか.
A porter carried the load that case ったこれでもかと of being equipped was heavy to the room and did our mountain climbing of simple guidance. It was US$2 whether it was too a help to remember that I gave you a little tip generously because it was able to feel a load too bad heavily. We who put a load in the room ordered beer impudently in a tea lounge in the corner of the the first floor lobby. A menu did not have the thing like it, but intended to be all right. The kitchen did not have appearing, and the waiter went towards a restaurant. The beer was taken out properly. The African beer seems to be urine of the horses in the book which I read before leaving Japan. It was written down と, but, as for such thing, there does not need to be Japanese beer does not have inferiority.
夕食はバイキングだが、日本のホテルのバイキングとは全然違う。美味しい。日本のヒルトンもこんな感じなのか?と考えた。なんとなく日本の知人に電話したくなり電話をかけまくったら翌日の電話料金が約US$100も要求されることになった。時差の影響はあまり感じなかった。日本との時差は9時間遅れ!でも移動しただけで、かなり疲れた。寝る前に、K氏に高所順応に役立つと思われる、出発前日本で購入した、V○vO2なる深海鮫肝エキスのドロップを勧めた。これは活動一週間前から摂取する必要があるため、ちょうど一週間前のヒルトンの夜から摂取することにした。K氏は気に入らなかったらしく、「もういいや」といって翌日から服用しなくなったが...ともあれアフリカ着第一日終了。無事ぐっすり眠れた。」
Supper is a smorgasbord, but is entirely different from a viking of the Japanese hotel. I am delicious. Is Japanese Hilton Hotel such a feeling, too? I thought about と. The telephone rates of the next day will be demanded from about US$100 if I keep I want to call a somehow Japanese acquaintance, and calling. I did not feel the influence of the difference in time very much. The difference in time with Japan is nine hours late! But I moved and was considerably tired. I recommended the drop of the deep sea shark liver extract named V ○ vO2 which I purchased in Japan before departure that it seemed that I helped altitude adaptation to Mr. K before sleeping. I just decided to take it in from the night of Hilton Hotel one week ago so that it was necessary to take this in for activity one week. Mr. K does not seem to have liked it and I said that I "already said and was unpleasant" and did not take it from the next day, but... Anyway, I wear Africa and am finished on the first day. I was able to sleep well safely. "
The station wagon which I picked us up on stopped in front of the entrance of "Hilton Hotels" in the center of Nairobi City. To the entrance expressly... I thought that I was kind, but it had Wake. I do not pay a tip. Oh, apart from that, arrive at the hotel; is a breath relievedly. When a leader finished check-in, the Japanese beautiful flight attendant in the plane of a while ago checked in. When shake the hand which eyes matched when watch that one all the time; "get it, and is me?" "Was surprised for a feeling a little, but gave the smile in the occupation without running out. I was going to approach it each other, but she was controlled by the Arabic flight attendant who seemed to be a fellow worker. となれば, I should have approached one-sidedly, but there was not such courage. Worst 10 of the regret will contain this throughout the life.
我々の登山装備の入ったこれでもかと重い荷をポーターが部屋まで運んでくれて簡単な案内をしてくれた。あまりにも荷物が重く、気の毒に思えたので、少しチップをはずんだ記憶があるたしか、US$2くらいだった。部屋に荷物を置いた我々は一階ロビーの一角にあるティーラウンジで、あつかましくもビールを注文した。メニューにはそれらしきものは無かったが、大丈夫だろうと思った。ウェイターさんは厨房にではなくレストランの方に向っていった。キチンとビールは出された。日本を出発する以前に読んだ本ではアフリカのビールは馬のションベンのようだ。と記されていたが、そんなことはない、日本のビールに遜色ない。
そのあと、ホテル内のお土産店街をうろついていたが、絵葉書を売っている店に入ったら、「Are you Chainese ?」と訊かれた「いや、日本人だ.キリマンジャロを登りにいくんだ。」「Sounds great!」という言葉を皮切りにちょっと会話が弾んだ、ろくに英語の勉強はしていなかったが、身振り手振り、単語の羅列で大体意思疎通はできるものだと思った。中国に行ったときは全く通用しなかったが....
部屋に戻る途中、飲み水を確保するためにまた違う売店に行った。物価が安いせいか、1.5LのペットボトルでUS$0.5くらいだった。そこにはしっかりと「キリマンジャロの水」と商品名が記載されていた。勿論英語だったけど、それくらいは読めた。この水には登山時に再三お世話になることになる。
このホテルは世界に知られるヒルトンの中でも高級な部類に位置するらしく、実に広く、部屋が立派な
ことは勿論部屋からの景色がすばらしかった。すぐ手前に市街地が一望でき、その先には広大な平原と森が見えた。
と、そこでホテルの近くに一件コンビニエンスストアー「ファ○りーマート」らしき看板が見えた!深夜徘徊族の我々には大変興味あったので俺と同室のK氏はそこへ行ってみることにした。で、ホテルからでて、20m歩いただろうか、ホテルの前で待ち伏せしたらしき、十数人の現地の人たちがそれこそ吐き捨てたキャンディに群がる蟻のごとく俺達に何か要求しながら近寄ってくる。思わず速攻でホテルに引き返した。その看板のある建物まではわずか200m以内。リーダーに話たところ、「それはタクシー屋か、物売りか、物乞いだよ。ナイロビは世界で1,2位を争う物騒な都市だからきをつけろ。なるべく単独では出歩かないように、パスポートや財布を奪われたことがあるから...」と言われた。ステーションワゴンを玄関前に停めた理由はおそらくこれであろう。旅慣れない我々にとってその200mのいかに遠いことか!街で200m歩くのに困難な状況なのに標高6000m近いキリマンジャロなんてどれほど大変なことだろうか.
A porter carried the load that case ったこれでもかと of being equipped was heavy to the room and did our mountain climbing of simple guidance. It was US$2 whether it was too a help to remember that I gave you a little tip generously because it was able to feel a load too bad heavily. We who put a load in the room ordered beer impudently in a tea lounge in the corner of the the first floor lobby. A menu did not have the thing like it, but intended to be all right. The kitchen did not have appearing, and the waiter went towards a restaurant. The beer was taken out properly. The African beer seems to be urine of the horses in the book which I read before leaving Japan. It was written down と, but, as for such thing, there does not need to be Japanese beer does not have inferiority.
夕食はバイキングだが、日本のホテルのバイキングとは全然違う。美味しい。日本のヒルトンもこんな感じなのか?と考えた。なんとなく日本の知人に電話したくなり電話をかけまくったら翌日の電話料金が約US$100も要求されることになった。時差の影響はあまり感じなかった。日本との時差は9時間遅れ!でも移動しただけで、かなり疲れた。寝る前に、K氏に高所順応に役立つと思われる、出発前日本で購入した、V○vO2なる深海鮫肝エキスのドロップを勧めた。これは活動一週間前から摂取する必要があるため、ちょうど一週間前のヒルトンの夜から摂取することにした。K氏は気に入らなかったらしく、「もういいや」といって翌日から服用しなくなったが...ともあれアフリカ着第一日終了。無事ぐっすり眠れた。」
Supper is a smorgasbord, but is entirely different from a viking of the Japanese hotel. I am delicious. Is Japanese Hilton Hotel such a feeling, too? I thought about と. The telephone rates of the next day will be demanded from about US$100 if I keep I want to call a somehow Japanese acquaintance, and calling. I did not feel the influence of the difference in time very much. The difference in time with Japan is nine hours late! But I moved and was considerably tired. I recommended the drop of the deep sea shark liver extract named V ○ vO2 which I purchased in Japan before departure that it seemed that I helped altitude adaptation to Mr. K before sleeping. I just decided to take it in from the night of Hilton Hotel one week ago so that it was necessary to take this in for activity one week. Mr. K does not seem to have liked it and I said that I "already said and was unpleasant" and did not take it from the next day, but... Anyway, I wear Africa and am finished on the first day. I was able to sleep well safely. "
2008年4月17日木曜日
アフリカの大地へ
いろいろとあったドバイを発ちいよいよアフリカに向うことになる。アフリカというと通常なかなか来られない、遠い地というイメージが強いが本当に遠かった。機内のフライトアテンダントの日本のお姉さんがオレンジジュースを持ってきてくれた。もう酒は沢山だ、何かサッパリしたものが欲しかった。やはり機内食がまた出てきた。なんだか、3~4時間おきに飯食ってるみたいだ。味は余り美味くなかったことだけ覚えている。それと辛かったこと。
機内アナウンスで「当機はエチオピア上空に差し掛かりました。エチオピアサバンナ上空38,000フィートを飛行中です目的地のナイロビ国際空港まではあと3時間程で到着します。」といっていたような気がする。当時英語でこれが理解できれば大したものだと思うが、当時はきちんと日本語のアナウンスがあとから流れたのでそれを聞いてすかさず窓の外を眺めた、おお、これがアフリカだぜ!!
眼下に広がる広大な黄土色の大地とところどころにある潅木、動物までは確認できなかったが、いかにもライオンでもいそうな雰囲気だ。といっても10分くらい見ていたら飽きた。ドバイからナイロビまでは5時間かかる。時刻に逆らって西に向っているので、ナイロビ空港に着いたときはお昼を少し回ったくらいの時刻だと思った。空港について機内からターミナルに移動する途中、機関銃(ライフル?)を構えた軍人が沢山いてこちらを睨みつけているようで正直良い気分では無かった。
入国審査で初めてイエローカードを提示する。ここは数少ない「黄熱病予防接種」の摂取証明書が無いと入国できない国の一つである。この証明書がイエローカードといい、ちょうど昨年末に10年の有効期限が切れた。その「予防接種」は日本では数えるほど受けられる場所が少なくしかも予約制だ。一番近い横浜で摂取を受けた費用は1万円である。そのあとコレラの予防接種を2度受けた。これだけで、厄介な場所に来たこどが分かると思う。
本来はマラリアの予防接種も受けることが望ましいと言われたが、医師に尋ねたところマラリアは年によって菌の種類が変わるし、日本で摂取しても現地の菌種に合う可能性は極めて低いとのこと。で、これは摂取を受けなかった。
入国審査は非常に簡単で滞在期間と目的を訊ねられただけだった。英語だったが、ぶっきらぼうに”For 2 weeks, To climb Mt.Kilimanjaro.” と答えただけだった。すんなり通過できた。空港は照明が少なく暗かった。荷物を受け取るサーキュレートコンベアもガタがきてそうで、ゆっくりだった。荷物を引き取り、リーダーが現地ガイドスタッフを見つけた。それから、2台のステーションワゴン(日産製)に乗り空港を後にし、ナイロビの宿に向った。
途中にトヨタのショールームがあった。そこに私が出国前に契約してあった新型(当時)ランドクルーザ・プラドが展示されていた。飛行場はかなり郊外にあり辺りは何もない、サバンナともいえない広大な平原が広がっていた。アスファルトの整備された道の脇に大量の牛を引き連れた遊牧民らしきヒトを見ただけであった。クルマはは約1時間かけてナイロビの中心部にあるホテルに向った。
离开各种各样有了的迪拜,并且结果是∶终于面向非洲。当说非洲的时候常规的假名或者不被到来的远地方这个的图象强大,但是真地远了。机里面的客机乘务员的日本的姐姐拿来了桔子果汁。已经酒许多想要了某种清淡了的东西。仍然机里面的食品又而来了。是否是什么每隔三或者四小时吃饭,想看る。味道记住没几乎好吃的事。和那个辣了。
是机里面的广播"该机接近了埃塞俄比亚天空"。到国际作为在埃塞俄比亚热带的大草原天空38,000英尺飞行的整个的目的地的内罗毕机场在再3小时大约到达。感觉好象正说。如果当时这个能由于英语理解的话,认为是了不起的东西的事,但是因为日语的广播当时规矩齐整地以后流动了所以听那个,不透过,并且观察了窗的外部这个哦是作为非洲的ぜ!!
没能到眼下展开的广大黄土色大地和存在于这里那里的灌木,动物确认,但是也怎样是好象甚至狮子在的气氛。当即使正10分大约看的时候,厌倦了。从迪拜到内罗毕,5小时需要。因为在时刻违抗,正前往西面在到达了内罗毕机场所以的时候认为是运转了的白天小量的时刻的事了。途中,关于机场在机从里面终端移动的机(来复?)有托起了的を军人大量,好象正对我们瞪眼睛,并且到老实天真的分没有了。
由于入国审查初次显示イエローカード。是如果这里没有"黄热病少数量预防接种"的摄取证明书不能入境的国家中的一个。这个证明书说イエローカード,并且10年的有效期限在去年末正好过期了。数那次"预防接种"在日本,并且被接受的地方少,并且而且是预订制。在接近1年横浜受到摄取了的费用是1万日元。再次受到了那个再霍乱的预防接种。认为懂只在这个来麻烦地方了的こど的事。
被据说如果本来为了也受到疟疾的预防接种,事情最好了,但是询问了医生,并且,至于疟疾,真菌的种类被年变化,尽管在日本摄取但是在现场的真菌种准确的可能性好象极为低。出来,并且这个没受到摄取。
入国审查非常方便,并且被问了借宿期间和目的。是英语,但是粗鲁地回答了"For 2 weeks, To climb Mt.Kilimanjaro."。顺利能通过了。机场照明少,并且暗了。收到行李的サーキュレートコンベア出毛病,是那样,并且缓慢了。取代行李,并且领导人找到了现场向导职员。然后乘2台的车站手推车(日产量制造),并且以后做机场,并且面向了内罗毕的投宿处。
中途有了丰田的商品陈列室。大地巡洋型快艇プラド被我被出国之前那里订立了的新型展览。在郊外相当有机场,并且周围没有什么的热带的大草原也不能说的广大的平原正展开。看了柏油的人被维修保养了的道路的看似在旁边带领了大量的牛的游牧民。汽车上花费は约1小时,面向了存在于内罗毕的中心部的大饭店。
機内アナウンスで「当機はエチオピア上空に差し掛かりました。エチオピアサバンナ上空38,000フィートを飛行中です目的地のナイロビ国際空港まではあと3時間程で到着します。」といっていたような気がする。当時英語でこれが理解できれば大したものだと思うが、当時はきちんと日本語のアナウンスがあとから流れたのでそれを聞いてすかさず窓の外を眺めた、おお、これがアフリカだぜ!!
眼下に広がる広大な黄土色の大地とところどころにある潅木、動物までは確認できなかったが、いかにもライオンでもいそうな雰囲気だ。といっても10分くらい見ていたら飽きた。ドバイからナイロビまでは5時間かかる。時刻に逆らって西に向っているので、ナイロビ空港に着いたときはお昼を少し回ったくらいの時刻だと思った。空港について機内からターミナルに移動する途中、機関銃(ライフル?)を構えた軍人が沢山いてこちらを睨みつけているようで正直良い気分では無かった。
入国審査で初めてイエローカードを提示する。ここは数少ない「黄熱病予防接種」の摂取証明書が無いと入国できない国の一つである。この証明書がイエローカードといい、ちょうど昨年末に10年の有効期限が切れた。その「予防接種」は日本では数えるほど受けられる場所が少なくしかも予約制だ。一番近い横浜で摂取を受けた費用は1万円である。そのあとコレラの予防接種を2度受けた。これだけで、厄介な場所に来たこどが分かると思う。
本来はマラリアの予防接種も受けることが望ましいと言われたが、医師に尋ねたところマラリアは年によって菌の種類が変わるし、日本で摂取しても現地の菌種に合う可能性は極めて低いとのこと。で、これは摂取を受けなかった。
入国審査は非常に簡単で滞在期間と目的を訊ねられただけだった。英語だったが、ぶっきらぼうに”For 2 weeks, To climb Mt.Kilimanjaro.” と答えただけだった。すんなり通過できた。空港は照明が少なく暗かった。荷物を受け取るサーキュレートコンベアもガタがきてそうで、ゆっくりだった。荷物を引き取り、リーダーが現地ガイドスタッフを見つけた。それから、2台のステーションワゴン(日産製)に乗り空港を後にし、ナイロビの宿に向った。
途中にトヨタのショールームがあった。そこに私が出国前に契約してあった新型(当時)ランドクルーザ・プラドが展示されていた。飛行場はかなり郊外にあり辺りは何もない、サバンナともいえない広大な平原が広がっていた。アスファルトの整備された道の脇に大量の牛を引き連れた遊牧民らしきヒトを見ただけであった。クルマはは約1時間かけてナイロビの中心部にあるホテルに向った。
离开各种各样有了的迪拜,并且结果是∶终于面向非洲。当说非洲的时候常规的假名或者不被到来的远地方这个的图象强大,但是真地远了。机里面的客机乘务员的日本的姐姐拿来了桔子果汁。已经酒许多想要了某种清淡了的东西。仍然机里面的食品又而来了。是否是什么每隔三或者四小时吃饭,想看る。味道记住没几乎好吃的事。和那个辣了。
是机里面的广播"该机接近了埃塞俄比亚天空"。到国际作为在埃塞俄比亚热带的大草原天空38,000英尺飞行的整个的目的地的内罗毕机场在再3小时大约到达。感觉好象正说。如果当时这个能由于英语理解的话,认为是了不起的东西的事,但是因为日语的广播当时规矩齐整地以后流动了所以听那个,不透过,并且观察了窗的外部这个哦是作为非洲的ぜ!!
没能到眼下展开的广大黄土色大地和存在于这里那里的灌木,动物确认,但是也怎样是好象甚至狮子在的气氛。当即使正10分大约看的时候,厌倦了。从迪拜到内罗毕,5小时需要。因为在时刻违抗,正前往西面在到达了内罗毕机场所以的时候认为是运转了的白天小量的时刻的事了。途中,关于机场在机从里面终端移动的机(来复?)有托起了的を军人大量,好象正对我们瞪眼睛,并且到老实天真的分没有了。
由于入国审查初次显示イエローカード。是如果这里没有"黄热病少数量预防接种"的摄取证明书不能入境的国家中的一个。这个证明书说イエローカード,并且10年的有效期限在去年末正好过期了。数那次"预防接种"在日本,并且被接受的地方少,并且而且是预订制。在接近1年横浜受到摄取了的费用是1万日元。再次受到了那个再霍乱的预防接种。认为懂只在这个来麻烦地方了的こど的事。
被据说如果本来为了也受到疟疾的预防接种,事情最好了,但是询问了医生,并且,至于疟疾,真菌的种类被年变化,尽管在日本摄取但是在现场的真菌种准确的可能性好象极为低。出来,并且这个没受到摄取。
入国审查非常方便,并且被问了借宿期间和目的。是英语,但是粗鲁地回答了"For 2 weeks, To climb Mt.Kilimanjaro."。顺利能通过了。机场照明少,并且暗了。收到行李的サーキュレートコンベア出毛病,是那样,并且缓慢了。取代行李,并且领导人找到了现场向导职员。然后乘2台的车站手推车(日产量制造),并且以后做机场,并且面向了内罗毕的投宿处。
中途有了丰田的商品陈列室。大地巡洋型快艇プラド被我被出国之前那里订立了的新型展览。在郊外相当有机场,并且周围没有什么的热带的大草原也不能说的广大的平原正展开。看了柏油的人被维修保养了的道路的看似在旁边带领了大量的牛的游牧民。汽车上花费は约1小时,面向了存在于内罗毕的中心部的大饭店。
2008年4月16日水曜日
夢か幻か...
カラチを出発し、3~4時間くらいの記憶がある。ドバイに着いた。先に寝酒を飲んで、寝付こうとしたところに、叩き起こされるような状態で機内アナウンスでドバイ到着案内が流れた。どうでもいいから...早く目的地に連れて行ってくれという気分だった。でも、ここが目的地だった乗客が結構いて、結構な数の中東の乗客、そして日本人も荷物を持って降りていく。先に飲んだ日本酒であまり気持ちの良い酔い方ができなかったので、機外に出てみることにした。
と、そこはハッと思わせる風景が広がっていた。しかし、初めて来たようが気がしない風景...ここは...ライトブルーの空と紺碧の海が滑走路の遥か遠くに見え、その手前にはアイボリーの砂漠が広がる、そしてその砂漠と海の間に近代的と言えばいいのか近未来的と言えばいいのか...白に統一された建造物郡が見える、遠くに。「砂上の楼閣」とはこのことか...。
しかし、この風景は...連想したのは、「宇宙戦艦ヤマト」にでてきた彼らの目的地「イスカンダル」の描写を思い出させた。そういえば「宇宙戦艦ヤマト」を初めて見たときは、最後に流れる「人類絶滅の日まで○○○日」というのを真面目に信じていて、一週間毎に放送されているのにその日数の減り方が対応していないことには気付いていなかった。未だ小学校に入ったかどうかの時期である。とにかくあと何日で死ぬんだ...イヤだな...と本気で思っていた割りに危機感は無かった。今思えば信じられない精神構造だ!
話はそれたが、それほど、ドバイの印象は「陽光ふりそそぐ美しい桃源郷」というイメージが強い。ターミナルに入るとそこは建築されたばかりなのか洗練されたデザインのインテリアが並びその一角に「Prayer's room (祈りの間)」がある。カラチの空港にもあったのかもしれないが...。改めてイスラム文化の敬虔さを知る。
何とか、高い所からさっき見た景色を見たいと思い空港内をうろついていたらどこから、どう間違えたのか、UAEに入国してしまったようだ!!今思えばなんて恐ろしい空港だ、簡単に無審査入国ができるのか?これは、中国で誤って女子トイレに入ってしまった某氏と同じくらいヤバイ!と思った。かなりキてた、うろたえた!!何とか出国ゲートを見つけたときは離陸まで残り30分を切っていた。これで出国審査で問題を起こしたらヤバい、幸い財布一式とパスポートは所持していた、しかし荷物は機内に置いたままだ。当時は携帯電話は普及してなくて誰もそんなもの持っていなかった。こんな軽装でいいのか?怪しまれないか?かなり、不安だった。この先の道中でどんな苦難が待ち受けていてもいい、ここだけは見逃してください、アラーの神よ!と近いはずのメッカに向って祈りを捧げたつもりだが、メッカの方角は分かっていなかった...
が、祈りが通じたのか、無事出国ゲートを越えて機内に戻ることができた。ドバイは最近知ったが、大富豪の集う一大リゾート地らしい...さすが金持ちの国、やっぱり金持ちになると心が広くなるのだなぁ、改めて今更感謝している。
アラーの神は約束を守ってくれて、俺を機内に無事戻してくれた。そして、ある意味このときよりも過酷な困難も、この先のアフリカできちんと用意してくれていた。
と、そこはハッと思わせる風景が広がっていた。しかし、初めて来たようが気がしない風景...ここは...ライトブルーの空と紺碧の海が滑走路の遥か遠くに見え、その手前にはアイボリーの砂漠が広がる、そしてその砂漠と海の間に近代的と言えばいいのか近未来的と言えばいいのか...白に統一された建造物郡が見える、遠くに。「砂上の楼閣」とはこのことか...。
しかし、この風景は...連想したのは、「宇宙戦艦ヤマト」にでてきた彼らの目的地「イスカンダル」の描写を思い出させた。そういえば「宇宙戦艦ヤマト」を初めて見たときは、最後に流れる「人類絶滅の日まで○○○日」というのを真面目に信じていて、一週間毎に放送されているのにその日数の減り方が対応していないことには気付いていなかった。未だ小学校に入ったかどうかの時期である。とにかくあと何日で死ぬんだ...イヤだな...と本気で思っていた割りに危機感は無かった。今思えば信じられない精神構造だ!
話はそれたが、それほど、ドバイの印象は「陽光ふりそそぐ美しい桃源郷」というイメージが強い。ターミナルに入るとそこは建築されたばかりなのか洗練されたデザインのインテリアが並びその一角に「Prayer's room (祈りの間)」がある。カラチの空港にもあったのかもしれないが...。改めてイスラム文化の敬虔さを知る。
何とか、高い所からさっき見た景色を見たいと思い空港内をうろついていたらどこから、どう間違えたのか、UAEに入国してしまったようだ!!今思えばなんて恐ろしい空港だ、簡単に無審査入国ができるのか?これは、中国で誤って女子トイレに入ってしまった某氏と同じくらいヤバイ!と思った。かなりキてた、うろたえた!!何とか出国ゲートを見つけたときは離陸まで残り30分を切っていた。これで出国審査で問題を起こしたらヤバい、幸い財布一式とパスポートは所持していた、しかし荷物は機内に置いたままだ。当時は携帯電話は普及してなくて誰もそんなもの持っていなかった。こんな軽装でいいのか?怪しまれないか?かなり、不安だった。この先の道中でどんな苦難が待ち受けていてもいい、ここだけは見逃してください、アラーの神よ!と近いはずのメッカに向って祈りを捧げたつもりだが、メッカの方角は分かっていなかった...
が、祈りが通じたのか、無事出国ゲートを越えて機内に戻ることができた。ドバイは最近知ったが、大富豪の集う一大リゾート地らしい...さすが金持ちの国、やっぱり金持ちになると心が広くなるのだなぁ、改めて今更感謝している。
アラーの神は約束を守ってくれて、俺を機内に無事戻してくれた。そして、ある意味このときよりも過酷な困難も、この先のアフリカできちんと用意してくれていた。
夜の空港
その店はまるで、シャーマンの店のようで薄気味悪いことこの上無かった。k氏がどうしても行きたがるので俺は遠慮した。何事も無かったように彼は帰ってきた...彼の財布の中身までは分からないが...
結局一睡もせずに朝が来て搭乗時刻を迎えた。まあ、いい機内で寝ればいいやと乗り換えの飛行機に搭乗した。明るくなってから見るパキスタンの大地は砂の色が一面に広がり、かと言って砂漠ではない。そこには砂の色をした同じ形をしたアパートが整然と並んで立てられている。本当に人が住んでいるのだろうか?というくらい粗末な建物だ。
この機はカラチとナイロビを結ぶものだから、あまり日本人なんていないだろう、と思ったら大間違い。またや、機内の3分の1が日本人である。おまけに、日本人のフライトアテンダントまでいる。しかも、会社で美人と評判の旧姓中○さんと似ている。一瞬目を疑ったくらいだ。眠ろうと思ったらどこかの白人のオジサンとターバンを巻いた中東の人が大声で口論を始めた。白人のオジサンが英語を使っているのは分かったが、それと対等に英語を操り喧嘩しているターバン巻いたタイガー・ジェット・シンみたいな人は大したものだなと思った。
これは日本がアジアでTOEICの平均点が下から三番目と言われるのもうなずける。当然俺も順位下降に大いに貢献している方だけど...因みに(アジアで)一番点数の高い国はインドらしい。もとU.K.の植民地だった名残とのことで。そういうわけで、うるさくて眠れなかった。本当はアルコールがタブーな領土では余り気が進まなかったが、K氏が買った日本酒をまた飲み眠りにつこうとした、周囲のイスラムの人たちもパックに入っているのがまさかアルコールだとは気付かなかったようだ。これは日本の技術とエコ意識の勝利だと確信した。
と、その矢先機内食が来た。今度はカレーだ、しかし絶対豚肉は使わない、さすがイスラムの国だ、チキンカレーは見た目にまろやかそうだが、口にすると、「いい加減にしろ!」というくらい辛い。すかさず、お約束のように付いてくるヨーグルトを加えて食べた、けっこうイケた。しかし、こう、離着陸する度に機内食が出るのも考えものだ、と思いつつ次の着陸地はユートピアと呼ばれる、あの 「ドバイ(UAE)」だ、胸が騒ぐ。
結局一睡もせずに朝が来て搭乗時刻を迎えた。まあ、いい機内で寝ればいいやと乗り換えの飛行機に搭乗した。明るくなってから見るパキスタンの大地は砂の色が一面に広がり、かと言って砂漠ではない。そこには砂の色をした同じ形をしたアパートが整然と並んで立てられている。本当に人が住んでいるのだろうか?というくらい粗末な建物だ。
この機はカラチとナイロビを結ぶものだから、あまり日本人なんていないだろう、と思ったら大間違い。またや、機内の3分の1が日本人である。おまけに、日本人のフライトアテンダントまでいる。しかも、会社で美人と評判の旧姓中○さんと似ている。一瞬目を疑ったくらいだ。眠ろうと思ったらどこかの白人のオジサンとターバンを巻いた中東の人が大声で口論を始めた。白人のオジサンが英語を使っているのは分かったが、それと対等に英語を操り喧嘩しているターバン巻いたタイガー・ジェット・シンみたいな人は大したものだなと思った。
これは日本がアジアでTOEICの平均点が下から三番目と言われるのもうなずける。当然俺も順位下降に大いに貢献している方だけど...因みに(アジアで)一番点数の高い国はインドらしい。もとU.K.の植民地だった名残とのことで。そういうわけで、うるさくて眠れなかった。本当はアルコールがタブーな領土では余り気が進まなかったが、K氏が買った日本酒をまた飲み眠りにつこうとした、周囲のイスラムの人たちもパックに入っているのがまさかアルコールだとは気付かなかったようだ。これは日本の技術とエコ意識の勝利だと確信した。
と、その矢先機内食が来た。今度はカレーだ、しかし絶対豚肉は使わない、さすがイスラムの国だ、チキンカレーは見た目にまろやかそうだが、口にすると、「いい加減にしろ!」というくらい辛い。すかさず、お約束のように付いてくるヨーグルトを加えて食べた、けっこうイケた。しかし、こう、離着陸する度に機内食が出るのも考えものだ、と思いつつ次の着陸地はユートピアと呼ばれる、あの 「ドバイ(UAE)」だ、胸が騒ぐ。
2008年4月15日火曜日
カラチにて...
バンコク(タイ)を出発しカラチ(パキスタン)に向う途中機内食が出た、そうそう、書き忘れたがマニラからバンコクに行く途中にも機内食は出された。マニラから先の機内食ははっきり言ってすばらしいものではなかった。マニラからバンコクに来る途中はBLTサンドとややスパイシーなチキンサンドだったような覚えがある。それにバナナとヨーグルト。
だ、それに離陸時には毎回無事を祈るコーランが流れる、機内サービスにアルコールは無い。さすがイスラム教の国の飛行機だ。この調子だとトイレットペーパも無いのか?と疑問に思いトイレを見てみたが、どうやらトイレットペーパーは有った。
バンコクからカラチに向う途中はかなり辛い料理が出たやはりチキンだ...ペパラーニョ?緑の唐辛子のようなものが、挑発的に「食えるもんなら、食ってみろ」と言わんばかりにテンコ盛り状態だ。俺はその戦いに挑み、敗れた。これから長い付き合いになるヨーグルトと機内サービスのオレンジジュースで舌の感覚を取り戻した。
同行者というより彼が牽引者なのだが、K氏が出発前に免税店で購入したパック入りの日本酒をのみ、ようやく落ち着いて眠れた。一時間位寝ただろうか?飛行機は既にカラチ国際空港に到着していた。ここで乗り換えのため我々一向はエアポートターミナルに移動した。もう深夜だ...ターミナル内部に人影は少ない。出立は朝7時くらいの便だったと思う。
ここで6、7時間待機していなければならない。今回キリマンジャロアタックに挑むパーティは9名プラスリーダーのF氏計10名だ。そこで、皆がキリマンジャロアタックの希望と不安を語っていた。どうやら中にはスイスアルプス最高峰モンブランを最難関ルートから制覇した人や、日本三百名山の登頂を終え海外の名峰を楽しんでいる、こう言っては失礼だが年配の女性もいる。
どの道当時、富士山にも登っていない俺達(俺とK氏)が最高到達高度が一番低いことを知った。それと、もう一つ気付いたのが、キリマンジャロの頂上は「ウフルピーク」と呼ぶのが正解でそれまで俺達は誤って「ウルフピーク」と呼んでいた。皆それぞれベンチ等に横になり眠りに着き始めたが、俺とK氏は普段から生活パターンが乱れているせいか、なかなか寝付けず、ターミナル内部をうろつき始めた。ここでは、先のバンコクみたいな過ちは繰り返すまいと思いウロついていたが、蛍光灯が灯る通路の反対側に常夜灯のみの寂しそうな通路があった。そしてそこには動物の毛皮や剥製らしきものが遠くから見てとれた。
だ、それに離陸時には毎回無事を祈るコーランが流れる、機内サービスにアルコールは無い。さすがイスラム教の国の飛行機だ。この調子だとトイレットペーパも無いのか?と疑問に思いトイレを見てみたが、どうやらトイレットペーパーは有った。
バンコクからカラチに向う途中はかなり辛い料理が出たやはりチキンだ...ペパラーニョ?緑の唐辛子のようなものが、挑発的に「食えるもんなら、食ってみろ」と言わんばかりにテンコ盛り状態だ。俺はその戦いに挑み、敗れた。これから長い付き合いになるヨーグルトと機内サービスのオレンジジュースで舌の感覚を取り戻した。
同行者というより彼が牽引者なのだが、K氏が出発前に免税店で購入したパック入りの日本酒をのみ、ようやく落ち着いて眠れた。一時間位寝ただろうか?飛行機は既にカラチ国際空港に到着していた。ここで乗り換えのため我々一向はエアポートターミナルに移動した。もう深夜だ...ターミナル内部に人影は少ない。出立は朝7時くらいの便だったと思う。
ここで6、7時間待機していなければならない。今回キリマンジャロアタックに挑むパーティは9名プラスリーダーのF氏計10名だ。そこで、皆がキリマンジャロアタックの希望と不安を語っていた。どうやら中にはスイスアルプス最高峰モンブランを最難関ルートから制覇した人や、日本三百名山の登頂を終え海外の名峰を楽しんでいる、こう言っては失礼だが年配の女性もいる。
どの道当時、富士山にも登っていない俺達(俺とK氏)が最高到達高度が一番低いことを知った。それと、もう一つ気付いたのが、キリマンジャロの頂上は「ウフルピーク」と呼ぶのが正解でそれまで俺達は誤って「ウルフピーク」と呼んでいた。皆それぞれベンチ等に横になり眠りに着き始めたが、俺とK氏は普段から生活パターンが乱れているせいか、なかなか寝付けず、ターミナル内部をうろつき始めた。ここでは、先のバンコクみたいな過ちは繰り返すまいと思いウロついていたが、蛍光灯が灯る通路の反対側に常夜灯のみの寂しそうな通路があった。そしてそこには動物の毛皮や剥製らしきものが遠くから見てとれた。
2008年4月14日月曜日
春の交通安全週間
の警戒網に昨日見事にひっかかり、速度超過で反則金を払うことになった。床屋へ行って気分スッキリ、前に車両のない幹線道路の一直線の見晴らしの良い道だ。つい、アクセルを踏み込みすぎた。
制限時速40km/hの道を65km/hで3点のポイント、18,000円の反則金だ。ポイントはともかく、今の時期の18,000円は痛い、せめて復帰後初月給が出てからにしたかった。
いずれにせよ隣の郵便局には行けない、会社の休み時間、そっと抜け出して小山の郵便局で支払うことにしよう。
しかし普段は交通量の多い幹線道路で取り締まりをやっているとは、私が迂闊だった。罰則やペナルティの罪の意識よりも、正直言って18,000円が痛い。時速30km/h以上オーバーで簡易裁判に出頭するよりはマシだが...
さすが栃木署いいところに目をつけたぜ、確かに日曜の午前中なら幹線道路でも交通量は少ないだろう。
俺が停止して反則金と青切符をの紙をもらう間、面白いように、クルマが捕まっていく。区間張り込みも居なかったし、新型の小型オービスでも開発されたのだろうか?うーん手強い。 何回も言うがこの必要外出費の18,000円はあまりにも痛すぎる!皆も気をつけてください。
制限時速40km/hの道を65km/hで3点のポイント、18,000円の反則金だ。ポイントはともかく、今の時期の18,000円は痛い、せめて復帰後初月給が出てからにしたかった。
いずれにせよ隣の郵便局には行けない、会社の休み時間、そっと抜け出して小山の郵便局で支払うことにしよう。
しかし普段は交通量の多い幹線道路で取り締まりをやっているとは、私が迂闊だった。罰則やペナルティの罪の意識よりも、正直言って18,000円が痛い。時速30km/h以上オーバーで簡易裁判に出頭するよりはマシだが...
さすが栃木署いいところに目をつけたぜ、確かに日曜の午前中なら幹線道路でも交通量は少ないだろう。
俺が停止して反則金と青切符をの紙をもらう間、面白いように、クルマが捕まっていく。区間張り込みも居なかったし、新型の小型オービスでも開発されたのだろうか?うーん手強い。 何回も言うがこの必要外出費の18,000円はあまりにも痛すぎる!皆も気をつけてください。
2008年4月13日日曜日
空港のトイレはキレイで怖い
マニラを出発して約3時間位だったと思う。バンコクの空港に着いた。ここでは機外に降りることが出来た。機内の狭いトイレで用を済ませるよりも、空港ターミナルの広いトイレに行きたいなと思いターミナルに足を踏み入れた。が、この空港ターミナルは恐ろしく広い。迷宮に迷い込んだみたいだった。せめてもの救いが腹は別に緊急事態ではなかったことぐらいで、果たして用を済ませた後無事に機内に戻れるか...という点にあった。ともあれ、右往左往しているうちにトイレを見つけ中に入ったところだれもいない。
まぁ、夜遅いしそんなもんだろ、別に男だし変な心配はしなかった。用をすませて、個室から出るとビックリ、さっきまで誰もいなかった。トイレに数名の現地中学生くらいの男の子がハンドタオルを持って「どうぞ、使ってください」と近寄ってくる。へえ、サービスいいなぁと思い使用したところ、US2.0$を要求された。しまった!とは思ったが、サービスを受けた分その対価は支払う義務がある...やむを得ず支払い、その場を去った。発展途上国のまだまだ経済が豊かでない国はこうしてまで、お金を稼ぐのだな、と感慨深いものがあった反面、大きなカルチャーショックを受け、いい教訓になった!と思いつつ意気揚々と機内に戻った。しかし、こんなものは旅が序章であるように、これから待ち受けるカルチャーショックの序章に過ぎなかった。
どうも断るのが苦手な私はこの時良い教訓を得た。サービスは全て有料なのだ!!
まぁ、夜遅いしそんなもんだろ、別に男だし変な心配はしなかった。用をすませて、個室から出るとビックリ、さっきまで誰もいなかった。トイレに数名の現地中学生くらいの男の子がハンドタオルを持って「どうぞ、使ってください」と近寄ってくる。へえ、サービスいいなぁと思い使用したところ、US2.0$を要求された。しまった!とは思ったが、サービスを受けた分その対価は支払う義務がある...やむを得ず支払い、その場を去った。発展途上国のまだまだ経済が豊かでない国はこうしてまで、お金を稼ぐのだな、と感慨深いものがあった反面、大きなカルチャーショックを受け、いい教訓になった!と思いつつ意気揚々と機内に戻った。しかし、こんなものは旅が序章であるように、これから待ち受けるカルチャーショックの序章に過ぎなかった。
どうも断るのが苦手な私はこの時良い教訓を得た。サービスは全て有料なのだ!!
2008年4月12日土曜日
今から遡ることン年前
キリマンジャロに俺とk氏が行ったのはン年の12月であった。当時は奇跡的な連休コンビネーションで15日間の旅を4日間の年次休暇で行くことができた。我々の装備はキリマンジャロどころか、ヒマラヤだろうが北極でさえも耐えられる装備だった。実際リーダーのF氏が半ば呆れていた。
k氏は帰国後翌日会社出勤でもいいからエアーインディアを使いたがっていた。が,俺は翌日出勤はキツそうなので拒否した、で、パキスタンエアーラインを使うことになった。これがこの先色々な悲劇と少しの喜劇を産むことになる。まず、搭乗したときは余り違和感はなかった。しかしながら、離陸するときからただならぬ気配を感じた。なんとコーランが流れ始めたのだ。日本で言えばお経みたいなもので、しかし、その調べは美しかった。イスラムの国だけあって実に敬虔深い雰囲気がまず我々の周囲の空気を圧した。
しかし日本を出発した時に出された機内食は手毬寿司だったような記憶がある。結局これが一番旨い機内食だった。今回の到着地はどこといったらいいのか?とにかく飛行機の到着地はケニアの首都ナイロビ空港だ。それの如何に遠いことか...成田を出発して30時間かかる。途中の経由地の多いこと、まずマニラ(フィリピン)→バンコク(タイ)→カラチ(パキスタン)ここでトランジット→ドバイ(UAE)→ナイロビ(ケニア)である。
正午過ぎに成田を出発し最初の経由地マニラまでは約5時間かかる。登山する前に旅の疲れで参りそうだな...と思った。最初の経由地マニラに着いたときは既に漆黒の闇だった。これが国際空港か?と思うくらい寂しい灯りだった記憶があるここでは機内から降りられなかった気がする。役1時間燃料補給やら点検をして次の目的地バンコクに向かった。
k氏は帰国後翌日会社出勤でもいいからエアーインディアを使いたがっていた。が,俺は翌日出勤はキツそうなので拒否した、で、パキスタンエアーラインを使うことになった。これがこの先色々な悲劇と少しの喜劇を産むことになる。まず、搭乗したときは余り違和感はなかった。しかしながら、離陸するときからただならぬ気配を感じた。なんとコーランが流れ始めたのだ。日本で言えばお経みたいなもので、しかし、その調べは美しかった。イスラムの国だけあって実に敬虔深い雰囲気がまず我々の周囲の空気を圧した。
しかし日本を出発した時に出された機内食は手毬寿司だったような記憶がある。結局これが一番旨い機内食だった。今回の到着地はどこといったらいいのか?とにかく飛行機の到着地はケニアの首都ナイロビ空港だ。それの如何に遠いことか...成田を出発して30時間かかる。途中の経由地の多いこと、まずマニラ(フィリピン)→バンコク(タイ)→カラチ(パキスタン)ここでトランジット→ドバイ(UAE)→ナイロビ(ケニア)である。
正午過ぎに成田を出発し最初の経由地マニラまでは約5時間かかる。登山する前に旅の疲れで参りそうだな...と思った。最初の経由地マニラに着いたときは既に漆黒の闇だった。これが国際空港か?と思うくらい寂しい灯りだった記憶があるここでは機内から降りられなかった気がする。役1時間燃料補給やら点検をして次の目的地バンコクに向かった。
2008年4月11日金曜日
たまに脱線しますが...
本来ならばキリマンジャロの紀行文であるべきだが、ブログなので原則日記でもあり、気付いたことは記しておこうと思います。
最近マクドナルドで朝メガ昼メガ夜メガと3種類のハンバーガーが発売されておりますが、どうも昼と夜のハンバーガーが逆転しているように思えて仕方ない今日この頃です。何故かといえば、朝は目玉焼きと3層のハンバーガーパテ、昼用は4層のハンバーガーパテ、夜用は3層の照り焼きバーガーパテとなっている。
一日の食事で最も豪華なのは夕食ではないだろうか?確かに照り焼きは美味い。が、ボリュームで昼に負けている。一体夜のどこが照り焼きに繋がるのだろうか?酒の肴か?もしかすると?しかし酒の肴にしてはボリュームが有りすぎだ。このブログの題名が“Nocturnal”なので是非、夜に力を入れてもらいたい。
しかし、よくよく考えてみると本来あるべき食事の姿とは朝→昼→夕の順にボリュームがあるべきだと良く言われる。マクドナルド社はそこまで考えたのだろうか?だとしたら、これは立派な健康推進活動だ!
私の職場の周囲には昼休みに歩いていける範囲にマクドナルドが無いので一番充実している昼メガは食べられないが、アレを食べたら満腹感で睡魔に見舞われ仕事の効率が落ちるのではないか、と常々思うようになった。睡魔撃退法にコーヒーを合わせるという作戦があるがマクドナルドのコーヒー火傷事件訴訟はアメリカで有名になった。日本ではコーヒーが買えるが、果たしてアメリカのマクドナルドでホットコーヒーは買えるのだろうか?
現地に行って確かめてみたい。
最近マクドナルドで朝メガ昼メガ夜メガと3種類のハンバーガーが発売されておりますが、どうも昼と夜のハンバーガーが逆転しているように思えて仕方ない今日この頃です。何故かといえば、朝は目玉焼きと3層のハンバーガーパテ、昼用は4層のハンバーガーパテ、夜用は3層の照り焼きバーガーパテとなっている。
一日の食事で最も豪華なのは夕食ではないだろうか?確かに照り焼きは美味い。が、ボリュームで昼に負けている。一体夜のどこが照り焼きに繋がるのだろうか?酒の肴か?もしかすると?しかし酒の肴にしてはボリュームが有りすぎだ。このブログの題名が“Nocturnal”なので是非、夜に力を入れてもらいたい。
しかし、よくよく考えてみると本来あるべき食事の姿とは朝→昼→夕の順にボリュームがあるべきだと良く言われる。マクドナルド社はそこまで考えたのだろうか?だとしたら、これは立派な健康推進活動だ!
私の職場の周囲には昼休みに歩いていける範囲にマクドナルドが無いので一番充実している昼メガは食べられないが、アレを食べたら満腹感で睡魔に見舞われ仕事の効率が落ちるのではないか、と常々思うようになった。睡魔撃退法にコーヒーを合わせるという作戦があるがマクドナルドのコーヒー火傷事件訴訟はアメリカで有名になった。日本ではコーヒーが買えるが、果たしてアメリカのマクドナルドでホットコーヒーは買えるのだろうか?
現地に行って確かめてみたい。
2008年4月10日木曜日
最大の敵
最大の敵が高山病だということがわかった。しかし「躁鬱病」と「高山病」が合体したらどんな病気になるか想像もつかない、頭痛、嘔吐と戦いながら気を落ち込ませたり高ぶらせたりするのだろうか?考えただけでも恐ろしいことだ。とにかく高山病の影響を最低限に抑えなくてはならないことには違いない。
そのとき私は毎日10km走るのを日課にし、とり合えず体力をつけることにした。今考えてみれば酸素缶などが発売されているのでそれを使えばよかったのかもしれない。キリマンジャロの頂上の酸素濃度は地上の約半分らしい。エベレストに至っては3分の1の濃度とのこと、しかしエベレストクライマーは大抵低圧室でおなじような条件を作り出し訓練を積んでいる。なにせ金のかけかたが半端じゃないのだ。この世の天辺にたどり着けるならその気持ちも解らなくはない自分が怖い。
それと、高山病対策として欠かせないのが大量の水分補給らしい。1000mにつき一日1Lの水を飲め!とのことだ、それでは俺は一日6Lの水を飲まなければならない。高度が上がると呼吸数が増し水分が体外に排出されてしまうかららしい。うーん奥が深い。一日6Lといったらあの大型ペットボトル3本分だ、逆に腎臓に負担がかからないか心配だった。
今回はキリマンジャロの紀行文を書いているが、やはりクライマーたるものエベレストには憧れる。しかしコストが凄まじい登山許可をネパール政府からもらうのに300万円、その他シェルパをやポーターを雇ったりと最低700万円はかかるらしい。お金に余裕が出来て登れるものなら会社を辞めてでも、チャレンジしたいものだ。
そのとき私は毎日10km走るのを日課にし、とり合えず体力をつけることにした。今考えてみれば酸素缶などが発売されているのでそれを使えばよかったのかもしれない。キリマンジャロの頂上の酸素濃度は地上の約半分らしい。エベレストに至っては3分の1の濃度とのこと、しかしエベレストクライマーは大抵低圧室でおなじような条件を作り出し訓練を積んでいる。なにせ金のかけかたが半端じゃないのだ。この世の天辺にたどり着けるならその気持ちも解らなくはない自分が怖い。
それと、高山病対策として欠かせないのが大量の水分補給らしい。1000mにつき一日1Lの水を飲め!とのことだ、それでは俺は一日6Lの水を飲まなければならない。高度が上がると呼吸数が増し水分が体外に排出されてしまうかららしい。うーん奥が深い。一日6Lといったらあの大型ペットボトル3本分だ、逆に腎臓に負担がかからないか心配だった。
今回はキリマンジャロの紀行文を書いているが、やはりクライマーたるものエベレストには憧れる。しかしコストが凄まじい登山許可をネパール政府からもらうのに300万円、その他シェルパをやポーターを雇ったりと最低700万円はかかるらしい。お金に余裕が出来て登れるものなら会社を辞めてでも、チャレンジしたいものだ。
2008年4月9日水曜日
アフリカとうつ病
よく解らなかったけど、まぁ、アフリカは「うつ病」とは無縁の国だろう。一部の大都市を除いては...そう信じて友人kの誘いに乗ったワケで、アフリカに行けばうつ病も改善するだろうと思っていた。今考えてみれば、谷川岳の一の倉沢や穂高の滝谷で未開ルートでも開発にチャレンジすれば「うつ病」などとは言っていられない状況に追い込まれるのだから...
っといけない、うつ病は時たま発作的に「自殺願望」が現れるらしいから、逆にもってこいのシチュエーションになってしまうワケか!幸いにして俺は軽いうつだったおので自殺のシミュレーション等行ったことはない。断っておきますが!
実際に高所で高山病にならないための訓練法を幾つか調べてみた。やはり体力が落ちると高山病になりやすいとのこと。じゃあ、体力作りをやればいいのだな、体力作りならジョギングが一番だ、これから毎日ジョギングしよう!と誓った。私は身長が176cmであるのに対し体重が85kgもあるので、完全な肥満だなぁ...と認識していたので一石二鳥だった。
初めは2kmも走れずに歩いた、が、次の日には5km走れた、そしてその次は10km走れた見る見る間に体力がついてきたのを実感できた。私の性格はのめりこみやすいタイプなので、その次は20km,ほど走りフルマラソンに出てみようかとさえ思うようになった。(実際出たのだが)。よーし体力つけるぞー!と、これが「うつ病」で会社休んでいる人間のなせる業かと思われる行動力だ!
後から解ったのだが私は「うつ」だけでなく「躁」も持ち合わせている「躁鬱病」だった。従来は「うつ病」も「躁鬱病」もひっくるめて考えていたらしいが最近の医学では「うつ病」と「躁鬱病」は別物としてとらえられているらしい。2極性人間「Bipolar」だったのである。
っといけない、うつ病は時たま発作的に「自殺願望」が現れるらしいから、逆にもってこいのシチュエーションになってしまうワケか!幸いにして俺は軽いうつだったおので自殺のシミュレーション等行ったことはない。断っておきますが!
実際に高所で高山病にならないための訓練法を幾つか調べてみた。やはり体力が落ちると高山病になりやすいとのこと。じゃあ、体力作りをやればいいのだな、体力作りならジョギングが一番だ、これから毎日ジョギングしよう!と誓った。私は身長が176cmであるのに対し体重が85kgもあるので、完全な肥満だなぁ...と認識していたので一石二鳥だった。
初めは2kmも走れずに歩いた、が、次の日には5km走れた、そしてその次は10km走れた見る見る間に体力がついてきたのを実感できた。私の性格はのめりこみやすいタイプなので、その次は20km,ほど走りフルマラソンに出てみようかとさえ思うようになった。(実際出たのだが)。よーし体力つけるぞー!と、これが「うつ病」で会社休んでいる人間のなせる業かと思われる行動力だ!
後から解ったのだが私は「うつ」だけでなく「躁」も持ち合わせている「躁鬱病」だった。従来は「うつ病」も「躁鬱病」もひっくるめて考えていたらしいが最近の医学では「うつ病」と「躁鬱病」は別物としてとらえられているらしい。2極性人間「Bipolar」だったのである。
2008年4月8日火曜日
困った挙句
アフリカに行かないか?と友人kから声をかけられました。友人kは私の登山の仲間です。彼は富士山および日本の3000m峰全て登っていますが、私は富士山だけは登っていません。いつかきっと程よく老いた頃に登ろうと思って、とっておいてあるのです。で、何故アフリカなのか?
彼が言うには「キリマンジャロに登頂」してみたい!というなんとも魅力的な話でした。が、しかし私は何をするのも億劫で彼が旅の手続きを殆どしてくれました。が、場所はアフリカ、イエローカードと呼ばれる「黄熱病」予防接種証明書が必須です。また、コレラの予防接種も受けておくようにとのことでした。コレラの予防接種はご近所の市内の病院でも受けることができましたが、「黄熱病予防接種」はいわゆる港湾都市でしか受けることができません。
私は仕方なく横浜の検疫所までなんと一本一万円を越える黄熱病予防接種を受けに行きました。そしてイエローカードを入手することが出来ました。
キリマンジャロといえば富士山を大きくしたようなイメージがありとても楽に登れそうですが、問題はその山の高さです。頂上は“Uhuru Peak"といい5895mとほぼ6000m近い高さです。これはかなりの山を頻繁に登っているクライマーでない限り、まず高山病にかかります。日本の山でも3000mクラスの山になると頭痛がしたりするヒトがいますが、アレです。きっと比べモノにならないくらい辛いものになるでしょう。またまた困ってしまいました。
岩登りや雪山で使うような高度なテクニックや装備は不要らしいですが、赤道ほぼ直下にあるにも関わらず氷河を持つ山です。ガイドブックには日本の冬山登山の装備が必要と書いてありました。装備、技術は自信がありますが、高山病にかからない高所適応能力があるかどうかは登ってみないと分らないそうです。
そういえば以前「槍ヶ岳」に登ったとき山小屋で軽い頭痛を感じたなぁ...と既にビビリはじめました。
彼が言うには「キリマンジャロに登頂」してみたい!というなんとも魅力的な話でした。が、しかし私は何をするのも億劫で彼が旅の手続きを殆どしてくれました。が、場所はアフリカ、イエローカードと呼ばれる「黄熱病」予防接種証明書が必須です。また、コレラの予防接種も受けておくようにとのことでした。コレラの予防接種はご近所の市内の病院でも受けることができましたが、「黄熱病予防接種」はいわゆる港湾都市でしか受けることができません。
私は仕方なく横浜の検疫所までなんと一本一万円を越える黄熱病予防接種を受けに行きました。そしてイエローカードを入手することが出来ました。
キリマンジャロといえば富士山を大きくしたようなイメージがありとても楽に登れそうですが、問題はその山の高さです。頂上は“Uhuru Peak"といい5895mとほぼ6000m近い高さです。これはかなりの山を頻繁に登っているクライマーでない限り、まず高山病にかかります。日本の山でも3000mクラスの山になると頭痛がしたりするヒトがいますが、アレです。きっと比べモノにならないくらい辛いものになるでしょう。またまた困ってしまいました。
岩登りや雪山で使うような高度なテクニックや装備は不要らしいですが、赤道ほぼ直下にあるにも関わらず氷河を持つ山です。ガイドブックには日本の冬山登山の装備が必要と書いてありました。装備、技術は自信がありますが、高山病にかからない高所適応能力があるかどうかは登ってみないと分らないそうです。
そういえば以前「槍ヶ岳」に登ったとき山小屋で軽い頭痛を感じたなぁ...と既にビビリはじめました。
2008年4月7日月曜日
Depression !
Once I had had a depression! でも今はOK、元気にストレスの多い職場で働いております。一時期は働くことはおろか、生きていることも困難かと思う時がありましたが、過ぎてみれば人生の底辺を味わったなぁと思います。今でもdepression=うつ病を味わっているヒトは多いと思います。社会が多様化し、何でもIT化という時代ですから、ご年配で家族持ちで家のローンがある方など、大変なストレスになっていると思います。そういう私はIT産業の中核をなすSE(システムエンジニア)を生業としているから困ったものです。
大規模なネットワークを監視制御するシステムを手がけていました。一日の仕事時間は18時間でそれが6ケ月続きました。毎日システム仕様書を見ながらデバッグに励んでいましたが、そのビッグプロジェクトが終わったときに「うつ」になってしまいました。産業医師は、私に出勤を暫く控えなさいとのこと。それまで周りは「ヤツはがんばっているなぁ」と言ってくれていた同僚も「ヤツは怠けだ!」とさえ言うようになりました。さぁ困ったものです。
俺は会社のために尽くした挙句、変な病気にかかってしまったのに、強制出勤停止を受けたら皆私をうらやましがるようになってしまったのです。それなら、お前ら、血尿が出て、偏頭痛持ちになるまで仕事して見ろといいたいところでしたがそれはさすがにグっとこらえました。
これを契機に私の人生は180度変わることになります。
大規模なネットワークを監視制御するシステムを手がけていました。一日の仕事時間は18時間でそれが6ケ月続きました。毎日システム仕様書を見ながらデバッグに励んでいましたが、そのビッグプロジェクトが終わったときに「うつ」になってしまいました。産業医師は、私に出勤を暫く控えなさいとのこと。それまで周りは「ヤツはがんばっているなぁ」と言ってくれていた同僚も「ヤツは怠けだ!」とさえ言うようになりました。さぁ困ったものです。
俺は会社のために尽くした挙句、変な病気にかかってしまったのに、強制出勤停止を受けたら皆私をうらやましがるようになってしまったのです。それなら、お前ら、血尿が出て、偏頭痛持ちになるまで仕事して見ろといいたいところでしたがそれはさすがにグっとこらえました。
これを契機に私の人生は180度変わることになります。
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